1/24の予期せぬ刺客、ハブリー参上!そのスケールには理由があった…!【アメリカンカープラモ・クロニクル】第9回

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アニュアル3年目に訪れたもうひとつの変化

1960年はアメリカ車のデザインが大きく変わる潮目のひとつだったが、1950年代の過剰さが薄れてワイド・フラット・スクエアに収斂していく流れをそのまま引き写すアメリカンカープラモの世界ではもう一段、人気のあるボディースタイルがいよいよ固定化される事態が進行しつつあった。

【画像39枚】ハブリーのフォード、ジョーハンのプリマスなど1960年型各車の様子を見る!

生産上の都合からコンバーチブルとその派生であるハードトップの2ドアクーペに展開を絞るamt/SMPが、フォード系(フォード・マーキュリー・エドセル・リンカーン)とゼネラル・モーターズの主要ブランド(シボレー・ポンティアック・ビュイック)にインペリアルを加えたライセンスを独占、続くジョーハンはクライスラー系(プリマス・ダッジ・デソート)にオールズモビルとキャデラックを加えたライセンスを堅持して同じ2ドア路線に追従するも、たった1年遅れのハンディキャップを展開2年目にしてなお埋めきれずにいた。

ジョーハンは「先行するamt/SMPの人気に(遅れて)倣う」姿勢をとり続けていたが、初弾で儲けた財産をトロフィー・シリーズという斬新なアイデアで何倍にもふくらませ、一貫生産を可能にする自社ビルディングを早々に建ててしまったamtに較べてジョーハンは相変わらず企業規模が小さく、同じモチーフの製品売上を2倍にするコンバーチブルを生産する余裕がまだなかった。

品質がいかに他より優っていても、迅速にラインナップを充実させる相手にはかなわない。せめて人気のアイテムを製品化したいところだが、コルベットのような人気どころはすでにamtが掌握して放さず、ジョーハンはホットロッド界隈にはさっぱり顔が利かなかった。

こうしたアニュアルビジネスのライセンス戦争に、奇策をもって勇躍乗り込んできたメーカーがあった。ハブリー・マニュファクチャリング・カンパニー。アメリカ最古の玩具メーカーのひとつに数えられる、ダイキャスト・ミニチュアの老舗だった。

スケールが違えばライセンスはまた別モノとなる!
ハブリーの奇策は、amtがこのジャンルのメインストリームとしてしまった1/25スケールの排他的ライセンスの現状を、より伝統的な1/24スケール(実物の1フィートを模型の1/2インチに変換する方式)という近似値によって無効化することだった。わずかひと目盛りでもスケールが違えばその製品は別ラインナップ、少々強引とも思えるこの方便が功を奏し、ハブリーはフォードから1960年式カントリーセダンとフェアレーンのプラモ化ライセンスをもぎ取った。

周到なことにこれらはいずれもamtが手を出したがらない4ドアのステーションワゴンとセダンだった。すでにamtとの蜜月にあったフォードだが、プロモーションに供することができる模型のボディータイプの拡充は歓迎すべきことで、amtにとってこの新規参入は是非の及ばないところだった。同時にハブリーはカープラモの展開などお呼びもかからなかった当時のアメリカン・モーターズと話をつけ、ランブラーではなくメトロポリタンをミニチュア化した。

ハブリーの目論見はamt/SMPとジョーハンが築き上げた市場の割譲をねらうものではなかった。自動車産業はなにもアメリカの独占するものではない。世界に目を向ければドイツ・フランス・イギリスのそれぞれに巨大な自動車産業があり、プロモーションのためのミニチュアは完成品(いわゆるプロモーショナルモデル)・組立キットの別を問わず未知の可能性があった。

タイトル画像と同じカントリーセダンの、こちらはプロモーショナルモデル。キットの完成状態はほぼこうなると思っても間違いはない。今回、キット、プロモともにハブリー製品については、アメリカ車模型専門店FLEETWOOD(Tel.0774-32-1953)のご協力により撮影した。

自動車メーカーと強力に結びついた1/24サイズのミニチュアは1960年時点の他国においては未開拓もいいところで、amt/SMPもジョーハンもアメリカ国内の莫大な需要をまかなうことで手一杯、とにかく先鞭をつけた者がその土地に市場をつくる――老巧なるハブリーは目のつけどころがよかった。

1960年次の仕込みとなる1959年から向こう3年ほどのあいだに、ハブリーは1/24スケールのカープラモを立て続けに製品化した。メルセデス300SL、ルノー・ドーフィン、トライアンフ・TR-3、ロールスロイス・シルバークラウド。北米市場にもじゅうぶんに訴求する見込みのあるアイテムが選ばれ、フォードの2車種と同じスカイブルーの帯がついた箱にはそれぞれ個別に描かれた魅力的な箱絵があしらわれた。

ライセンサーがそれぞれ異なるのだからこれは当然の仕儀なのだが、ひとつのラインナップとして調和のとれたデザインに異なる箱絵のインパクトは相当なもので、共通箱にまだ毛が生えたばかりのamt/SMPおよびジョーハンに強い動揺を与えた。

また、ハブリーが欲張って打ち出した「4ウェイ・キット」のふれ込みも話題を呼んだ。メルセデスとルノー、トライアンフ、そしてメトロポリタンにはストック/ロードレーサー/カスタムにヨーロッパ的なニュアンスの訴求を当て込んだラリー仕様を加え、はなからアメリカ国内向けだったフォードにはストック/ポリスカー/ドラゴンワゴン/スリルドライバーなる謎めいた4択が用意された。

実際にはamt/SMPのような凝ったパーツが多数盛り込まれたわけではなく、メッキのかかった車外ラゲッジラックや灯火の追加(昼夜を問わない過酷なラリーを想像させる最低限の装備だ)にとどまり、謎のドラゴンワゴンやスリルドライバー、そしてポリスカーにはドラゴンや悪魔、警察のエンブレムといった図案と「DRAGON」「THRILL DRIVER」「POLICE」の文字をそのまま印刷したデカールを用意しただけのご愛嬌だった。

こうしたバリエーションで勝負できないロールスロイスからは4ウェイ・キットの文字が除かれ、むしろギミック満載のダイキャストで名を売ったハブリーらしく、エンジンが付属してフード開閉、トランクフードも開閉といった点をスペシャル・フィーチャーと謳った。

ハブリーのキットの出来はamt/SMPやジョーハンのように高精細とはいかないまでも、トイらしさを随所に残しつつもきちんとしたライセンスを得た製品として通用するにじゅうぶんな仕上がりで、そのエキゾチックな魅力も手伝って、市場ではなかなかの手応えを得た。アメリカのみならず世界を射程に入れようとした目論見の大きさと相反するようにニッチへニッチへとひたすら分け入ることで獲得したアイテムは、その物珍しさから以後もずっと求められ続けるという独特の価値を帯びた。

21世紀の視点からみればハブリーの挑戦はわずかな期間に咲いた徒花にすぎなかったとみることもできるが、1958年に突如あらわれた守りの堅い1/25スケールの一夜城を攻略するにはどうしたらいいかを後のモノグラムに示し、個別に描かれた箱絵がいかにユーザーにとって魅力あるものかを先行者たちに思い知らせてアプローチを改めさせ、遠くヨーロッパでライセンスに拠らない過去のミリタリーモデルを作る以外にアイデアのなかったミニチュアメーカーに1/24スケールサイズのライセンスビジネスの可能性を示唆した点など、この趣味にもたらした「啓示」はじつに大きなものだった。

そしてなによりamt/SMP、ジョーハンによって固定化されつつあった2ドア・ハードトップ偏重にハブリーは一石を投じ、あらゆるボディータイプに無視できない支持者がいることに光をあてた。後年、この事実に助けられるのは他ならぬamtでありジョーハンであった。

photo:羽田 洋、服部佳洋、畔蒜幸雄、秦 正史

この記事を書いた人

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1972年生まれ。日曜著述家、Twitterベースのホビー番組「バントウスペース」ホスト。造語「アメリカンカープラモ」の言い出しっぺにして、その探求がライフワーク。

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