今年1月にCESで発表されたメルセデス・ベンツのコンセプトカー、ヴィジョンEQXXが当初掲げたスペックは、「Cd値:0.17」「電費:10kWh以下」「航続距離:1000km以上」だ。今回、その実証実験に木村リポーターが参加。見事目標を達成したその全容をお届けしよう。
この結果がBEVをさらに進化させる!
今年1月のCESでメルセデス・ベンツが公開した「ヴィジョンEQXX」の開発目標は、ワンチャージで1000kmの航続距離を可能にすることであった。
そのためにまず必要な要素は、走行抵抗の62%を占めると言われる空気抵抗を減らすためのデザインで、全体に滑らかな曲面で覆われた全長4.84mの細長いボディのCd値は0.17に達している。そして常に問題となるホイール・ハウス・オープニングは、初代ホンダ・インサイトやVW XL-1のようにカバーされていないが、特殊なスリットによって過流を起こさせないような構造になっている。同じ理由でリアエンドのアクティブディフューザーは80km/h以上になるとおよそ20cmせり出し、リアエンドの空気の流れを整流する。こうして低減されたCd値は100分の1向上させると航続距離は2.5%伸びると計算されているほど大事な要素なのだ。
さらに重要なのは重量低減である。次世代のコンパクトおよびミドルクラス用MMA(メルセデス・モジュール・アーキテクチャー)をベースにしたEQXXは、1750kgとVW ID.3よりも200kg軽く仕上がっている。そこには超高張力鋼板やアルミ、カーボンなどのほか、さらには驚きなのは合成樹脂サスペンションが採用されていることだ。
また課題である搭載電池は高容量シリコン・アノード(負極)を採用したCATL製リチウムイオン電池で、およそ200個のセルが詰まったカーボンユニットの総重量は495kgでEQSよりも30%軽量化されている。容量はネットで144.4kWh、グロスでおよそ100kWh、システム電圧は920Vである。さらにルーフパネルには合計117個の太陽電池セルが内蔵されており、最大で25kmの距離を稼ぐことが可能だ。
また、EQXXのもっとも驚異的なのは電力消費量で、100kmあたり10kWhとサブコンパクト・クラスのミニSE(15kWh)を下回っている。冷却システムは空冷で負荷のかかる走行時など必要な時にだけフロントのシャッターを開けるクーリング・オン・デマンドを採用。インテリアはレザーなど動物系素材を一切使用しない再生可能素材、すなわち植物系を多く使いながらも快適で軽量であり、メルセデスに相応しいラグジャリーなデザインが与えられている。すでにEQSで採用されたダッシュボード幅一杯に広がる47.5インチの8Kハイパースクリーンは省エネ仕様となっている。
さて、このEQXXの実証実験は4月5日に行なわれた。ルートはメルセデス・ベンツ本社のあるシュツットガルトから南仏のカシスまでで、一般公道、アウトバーン、難所で有名なゴッタード峠が含まれている。そしてこの走行は、まるで火星探査船を送り込むような多数のモニターが並ぶコントロールルームで監視されていた。フル充電された充電口は第三者、すなわちドイツ検査協会の手で封印されスタート。数々の難所を乗り越えながら11時間32分で1008kmを走り切った。その平均速度は87.4km/h、必要とあれば最高速度の140km/hにも達し、決して他の交通の妨げにはならないテンポであった。さらに到着後のチェックで消費電力は100kmあたり8.7kWhと驚異的な効率の高さで、まだ140kmを走る余力も残っていた。
このヴィジョンEQXXはこのままの姿で市販されることはないが、「ここで実証された多くの革新的技術は徐々に量販モデルに採用されBEV(電気自動車)をさらに進化させる」と社長のオーラ・ケレニウスは語っている。BEVが航続距離の面でもICE搭載モデルを凌駕する日はそう遠くないということかも知れない。