中央分水嶺の峠から日本一の大河が流れ出す
昭和43年(1968年)に川上牧丘林道が開通すると、奥秩父山地の最奥部に連なる山々は格好のハイキングコースに生まれ変わっていった。しかし、ドライブコースとしての大弛峠越えは、いまでも十分にワイルドである。
山梨側は道幅こそ狭いものの気持ちのいい山道なのだが、峠を挟んだ長野側には約9kmの未舗装区間が残っている。なかでも峠の手前2-3kmは勾配がきつく、ギャップも多く、台風の後などは落石がごろごろしているため、普通の乗用車で走るのは難儀である。
ちなみに、川上牧丘林道の正式名称は山梨側が県営林道川上牧丘線、長野側は川上村営林道村道川上牧丘(大弛峠)線という。県営と村営の違いなのか、いまだ長野県側が舗装されない理由は定かではないけれど、筆者の知る限り、道路状況は30年前からまったく変わっていない。
この未舗装区間のため、大弛峠へは山梨側から峠まで登り、そこで引き返すというのが一般的になっている。しかし、オフロードファンにとっての川上牧丘林道は実に魅力的な道である。
埼玉県の秩父市側から中津川林道(未舗装区間約18km)で長野県の川上村に抜け、そこから大弛峠をめざせば、実に変化に富んだ風景を楽しめる。走りごたえもたっぷりだし、この道順ならどちらの林道も未舗装区間が登りとなるので、ブレーキングなどで神経をすり減らすこともない。一方、逆の道順をたどれば未舗装区間はどちらも下り坂。段差でボディを擦らないよう注意は必要だが、ある程度の最低地上高があるクルマなら4WDでなくても走り抜けることができる。
さて、この大弛峠に降った雨は、南の斜面を下ると釜無川になり、甲府盆地で笛吹川に合流すると、富士川と名前を変え駿河湾へと注ぐ。一方、北の斜面を下った水は千曲川となり、やがて信濃川と名前を変えて新潟平野をゆったりと下っていく。日本海までの道のりは360kmあまり。日本一標高の高い大弛峠の北側は、日本で一番長い河川、信濃川(千曲川)の源流域でもあるのだ。
日本列島を太平洋側と日本海側とに隔てる中央分水嶺を越えると気候や風土ががらりと変わるものだが、ここも例外ではない。
この日、山梨側では早朝に一瞬陽が差しただけで、終日どんよりした曇り空だったが、川上村へ下ると、まるで真夏のような爽やかな青空が広がっていた。
金峰山のことも甲州では「きんぷさん」と呼ぶのに信州では「きんぽうさん」と呼ぶ。山麓の名物にしても、ほうとうとそば、フルーツと高原野菜、鶏もつ煮と馬刺し……といった具合。天気や風景とともに、こうした違いを見つめながら旅をすれば、峠越えの面白さはさらに大きくなっていく。
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