今回はBEV(Battery Electric Vehicle:バッテリー型電気自動車)のe-tronモデルを続々と投入してカーボンニュートラルの実現に向けた近未来化を進めるアウディの「スフィアコンセプト(sphere concept)」の「スフィア」とは何を意味しているのか?やどのようなモデルが存在するのか?などについて、さらには次世代の自動車製造を支える革新的ITソリューションである「エッジクラウド4プロダクション:EC4P(Edge Cloud 4 Production)」の導入といったアウディの取り組みがユーザーやファン、自動車業界へ与える影響や期待、価値などを中心にコラムをお届けします。
「スフィアコンセプト」とは?
自動車の近未来を予見させるコンセプトとしてアウディが掲げる「スフィアコンセプト」の「スフィア(sphere)」とは日本語に直訳すると球体という意味ですが、ここでの球体とは空間としての車内と車内における体験の重要性を意味していて、ユーザーの車内体験を中心に自動車の全体デザインやパッケージ、テクノロジー基盤が設計されるのが「スフィアコンセプト」です。
例えば、移動中の車内で音楽や映像といった各種エンターテイメントを楽しむことや、外出先においてこれまではできなかった体験ができること、或いはビジネスミーティングをすることなどユーザーにとって車内が生活や仕事の空間になることが「スフィアコンセプト」の中核です。
つまり、近未来の自動車は車内での過ごし方が重要視されるため、ユーザーの自動車に対する嬉しさや楽しさのポイントがこれまでとは変わってくるという近未来の自動車像を体現しています。
では、具体的に「スフィアコンセプト」の各種車内体験がどのように実現されるのか? ですが、先ずは自動運転レベル4(一定条件下における完全自動運転)の実現によってドライバーにも移動中の各種機能や体験が提供されます。
次に革新的で高品質なインテリアがもたらすコンフォートな空間によって、快適で心地の良い移動が全ての乗員へ提供され、さらにはシームレスなデジタルエコシステムがインタラクティブ(双方向のやりとり)でストレスの無いデジタルコミュニケーションを実現しています。
「スフィアコンセプト」の各モデルは、乗員を包み込む空間のインテリアデザインを中心に従来とは異なる完全に新しい設計アプローチを採用しているので、さまざまな車内レイアウトを可能にして格納できるステアリングホイールやペダル類が採用され、従来にはない広々とした車内空間を実現しています。
乗員が移動時間を有効に使えたり、リラックスできたりと合理的で快適性の高いパーソナルな空間が実現されている理由はここにあります。
では、アウディがなぜ? 今、車内に着目しているのかと言えば、現在の自動車はCASE(Connected:コネクティッド、Autonomous:自動運転、Shared&Services:シェアサービス、Electric:電動化)によって、新機能の拡充と周辺サービスが格段に広がって進化を続け、例えば目的地に向かう際に『自動運転の車内でコネクティッド機能による映画鑑賞を静かなBEVのシェアカーで楽しむ!』といった時代の到来を予期しているためと想定されます。
つまり、CASEによってブランドオリジナリティが問われる今後は車内における体験がより重視されることを予見するコンセプトモデルです。
もちろん自動車の基本である「走る」「曲がる」「止まる」や「安全」といった本質的機能は不変であるものの、それ以外の魅力についてもユーザーからのニーズは高まっていて、車内のオーディオやディスプレイ、コネクティッドといった新機能の性能やサービスが商品力として販売にも影響を与え、重要視される時代が来ると考えられます。
これらは従来の走行性能軸での価値観では考えられなかったことで、車内に配信される映像や音楽のストリーミングサービスの優劣、或いは車内での睡眠の取りやすさでクルマが選ばれる時代が来るのかもしれません。
かつて高速道路の上り坂で、「もっとパワーを!」と思わずにはいられなかった動力性能が非力で静粛性の低いことが課題とされた自動車の時代は、少なくとも日本においては過去の話しで、車内で何を楽しみながら移動するか? といった室内(部屋)に居るのと同様の欲求に対する回答がユーザーの満足度を決定づける時代が近づいており、既にスマホ充電用のUSB端子(差込口)が全席に設置される自動車が多数存在していることからも、トレンドのキャッチアップとしては合致しているのではないでしょうか。
そんな中、アウディの「スフィアコンセプト」は近未来を体現、販売に向けて実際に開発されている近未来の自動車の方向性が伺えるので、ユーザーや自動車業界にとっては非常に大きな指針、価値であると言えます。
「スフィアコンセプト」の未来的なモデル群
アウディの「スフィアコンセプト(sphere concept)」モデルは、ロードスターの「スカイスフィア(skysphere)」、ラグジュアリーセダンの「グランドスフィア(grandsphere)」、スペーストラベルの「アーバンスフィア(urbansphere)」、クロスオーバークーペの「アクティブスフィア(activesphere)」の計4モデルが既に発表されています。
いずれも近未来を予期させるシャープでクールなデザインであるため、一目で近未来のクルマだと思える存在感とインパクトを放ち、既にTV CMにもしばしば登場していて「カッコいい」や「あのクルマは?」と話題にもなっているようです。
開かれた未来のためのロードスター「スカイスフィア(skysphere)」
2021年8月10日にUSAの「モントレー・カー・ウィーク」にて発表された2ドアのコンバーチブルの「スカイスフィア」は、かつて直列8気筒エンジンを搭載した伝説の高級モデルのホルヒ(Horch=アウディの前身のひとつ)の「853」からインスピレーションを得てデザインされ、インテリアをインタラクティブな空間に昇華させて未来のプログレッシブラグジュアリーセグメントに対するビジョンを提示する目的で生み出されたとのことです。
つまり、近未来のラグジュアリーオープンカーですが、新テクノロジーであるアダプティブホイールベースが導入され、電気モーターによってボディとフレームコンポーネントが車内のボタンひとつで互いにスライドして、ホイールベース及び車両の全長を最大で0.25m変化させることが可能です(「グランドツーリング (GT)」モード=全長5.19m、「スポーツ」モード=全長4.94m)。
それによってロングホイールベースによる直進の安定性とショートホイールベースによる回頭性の高いスポーティーな走りの両方を実現します。尚、実際にこのコンセプトモデルは実在していて走行も可能であることがアウディの「スフィアコンセプト」に対する本気を感じます。
未来を見据えたファーストクラス「グランドスフィア(grandsphere)」
2021年9月2日に「ドイツ国際モーターショー(IAA:Internationale Automobil-Ausstellung)2021」で発表された「グランドスフィア」は全長5.35mのセダンモデルで観音開きのドア(Bピラーレス)のデザインが与えられており、自動車を”体験型デバイス”へ変化させることをコンセプトにドライバーを可能な限り運転操作から解放し、全ての乗員にカスタマイズされた車内体験の提供を目的に考えられているとのことです。
具体的にはデジタルデトックス(一定期間スマホやPCから距離をおくこと)も実現しており、自動運転モード時にはステアリングホイールやペダル類は前方に格納、運転機能を使用しない時はメーターパネルなどのディスプレイは表示されず、パーソナライズされたインフォテイメントシステムによって全ての席において好みのエンターテインメント(映画視聴等)やビデオ会議の機能が提供されます。
シティにおけるスペーストラベル「アーバンスフィア(urbansphere)」
2022年4月19日に発表された「アーバンスフィア」は全長5.51mでスフィアコンセプトにおいて最大のサイズを誇ります。デザインは「グランドスフィア」同様に観音開きのドア(Bピラーレス)を持ち中国のメガシティを走行することをメインに想定したモデルとのことです。
広々としたスペースと五感を刺激する最先端のテクノロジー、デジタルサービスを組み合わせ、まったく新しい質感の体験を作り出すことを目的に設計されています。 「アーバンスフィア」は中国のユーザーと共同で開発されていて、北京のスタジオでデザインされたこと以外にも、ニーズから広々とした車内空間でオフィスやラウンジとしても活用できる第三の生活空間を実現、デジタルオプションの「ウェルネスゾーン」ではフェイススキャン(顔の表情読み取り)と音声分析によって乗員の気分を判断して個別のリラクゼーション機能が提供されるのも特徴です。
多彩な目的に対応するスフィアコンセプトの集大成「アクティブスフィア(activesphere)」
2023年1月26日に発表された「アクティブスフィア」はアウディ伝統の「クアトロ(quattro):四輪駆動システム)」を備えたとてもユニークなクルマで、Audi Sportbackのエレガントなスタイル、SUVの実用性、オフロード性能を巧みに組み合わせた、まったく新しいタイプのクロスオーバークーペとしてデザインされたとのことです。
多彩な目的に対応するボディデザイン、オフロードでの優れた走破性、スイッチひとつでオープンカーゴベッドに変化させることができる特徴を持ち、電動自転車の積載も可能です。
「Audi Dimension」と言われるハイテクヘッドセット(VRと現実世界の両方が表示できる)を中心としたシステムは、ナビなどの運転に必要なものと同時に3Dコンテンツとインタラクティブな要素も複合的に表示できるといった機能を実現しています。
他のスフィアコンセプト同様にインテリアに焦点がおかれていて、ユーザーがジェスチャーで各機能を直感的に操作することも可能です。
アウディが進める自動車製造の近未来化「EC4P(Edge Cloud 4 Production:エッジクラウド4プロダクション)」
アウディの近未来化は「スフィアコンセプト」だけに留まらず、自動車製造の分野においても着々と進められ、新しい製造サポート手法のローカルサーバーソリューションとして2022年7月からベーリンガーホフの工場で導入に向けて検証が行われてきた「EC4P」が2023年7月に初めて導入されました。
「EC4P」とは、アウディが開発したクラウド活用型のITソリューションで、これまで分散利用されてきた産業用コンピューターを置き換える画期的システムです。
具体的には自動車製造の現場において分散利用されてきたコンピューターについて、ITネットワークを介してコンピューターを利用するクラウド活用型システムへと置き換えることです。
分散利用される産業用コンピューターではメンテナンスや改善といったいわゆるバージョンアップやAIの導入といった際には個々にそれらを実装していく必要があるので、各種計画や事前調整を実施した上で段階的に進めるため多くの手間や時間、コストが嵩むといった課題が生じてしまうのですが、クラウド活用型のITソリューション「EC4P」では一度に合理的に生産サポート性能や範囲、利便性や速度、信頼性などといった水準を高めることができます。
一方でクラウドに障害が発生した際には同時に全てのコンピューター端末に影響が生じるといったリスクがあるのですが、現代のIT技術においては強固で幾重にも準備されたリスク回避策によって万全の仕組みが構築されているものと想定されます。
「EC4P」が先行導入されているベーリンガーホフ拠点では「e-tron GT quattro / RS e-tron GT」と「R8」といった2つの生産サイクルにおいて作業者のサポートシステムが既に稼働しており、将来的にはソフトウェア制御によって柔軟に機能の拡張や改善が可能な「EC4P」サーバーソリューションが、従来の分散利用されてきたコンピューターに取って代わることが予定され、さらにはAudi Production Lab(P-Lab:アウディの次世代生産方式)の他のケースでも「EC4P」の採用を拡大していくとのことです。
アウディの自動車の未来に向けた取り組み
近年はカーボンニュートラルの実現に向けたグリーンファクトリー(温室効果ガスの低減に向けた再生エネルギーの利用や排水排煙の処理などで環境負荷を低減した工場)の建立と同時に、生産効率や合理化を図るためにIT進化による「DX(デジタルトランスフォーメーション=デジタル技術の活用でビジネスモデルなどの変革を図り競争優位性を確立すること)」や「society 5.0」と称される産業変革においては仮想空間の活用なども導入され、着実に自動車製造の現場も未来に向けて進化しています。
「EC4P」はそのなかでも最先端の自動車製造サポート技術のひとつとして、アウディのブランドオリジナリティである「スフィアコンセプト」と共に自動車産業をリードしているひとつで、未来に向けた取り組みを全方位で進めるアウディは先進的なブランドとして地位を固めつつあります。
自動車の根幹である走行性能において多くの感動をこれまで提供してきたアウディだからこそ、近未来に向けた「スフィアコンセプト」や次世代ITソリューション「EC4P」がチャレンジングに投入できていると考えられます。
今後も自動車の走行性能に対するユーザーからのニーズが消滅することはないでしょうが、少なくとも車内における体験やサービスが徐々に問われ始めてきているのは飛行機の機内サービスを例にとっても確かだと思えます。
参考リンク)
Audi MediaCenter
https://www.audi-mediacenter.com/en
アウディジャパン
https://www.audi.co.jp/jp/web/ja.html
Edge Cloud 4 Production プレスリリース
https://www.audi-press.jp/press-releases/2023/koer3000000020f9.html
この記事を書いた人
自動車4社を経てアビームコンサルティング。企画業務を中心にCASE、DX×CX、セールス&マーケティング、広報、渉外、認証、R&D、工場管理、生産技術、製造等、自動車産業の幅広い経験をベースに現在は業界研究を中心に活動。特にCASEとエンジンが専門で日本車とドイツ車が得意領域。
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