半世紀以上も前に作られたコンパクトな一台。しかしその小さなボディから溢れる気品は、現代のどんな車でさえも敵わないかもしれない。そんな気持ちにさせる小さな宝石ともいうべき一台。とくとご堪能あれ!
階層社会が生み出した小型高級車
EUを離脱してしまったイギリス。敢えて個人的な見解を言わせてもらえば、離脱は思い留まった方がいいのではなかったかと思うけれど、いずれにせよかつての大英帝国は今、揺れに揺れているようだ。 歴史的な意味では、19世紀から20世紀初頭までが大英帝国華やかなりし時代だったが、僕ら自動車好きの視点でいうと、その最盛期は1950年代後半から60年代に掛けての頃だったといえる。例えば50年代にはジャガーが4勝、アストンが1勝するなどル・マンを席巻、やがて58年には戦後型小型スポーツカーの傑作ヒーリー・スプライトが登場、続く1959年にはこれまた戦後小型車の代表作のひとつ、BMCミニが世に出る。
60年代に入ると、Eタイプ、エラン、MGB等々、スポーツカーの名作がイギリスから続々と出現し、スポーツカー大国であることを立証すると同時に、コンペティションの世界ではミニがモンテカルロラリーに連勝、F1でもイギリスのコンストラクターが大活躍するなど、モータースポーツの本場としての地位も確立されていた。 そんな佳き時代のイギリスの自動車のなかからもしも1台だけ選ぶとすると、クルマそのものの独創性や魅力に加えて、その後のクルマに与えた影響の大きさまで加味すると、ADO15ことミニが最右翼ではないか。
今回のこのページの主人公はADO15だが、しかしそのエクステリアを見れば一目瞭然なように、それは単なるミニではない。ミニよりもクラシックな印象を与えるラジエターグリルに加えて、2ボックスの革命児ミニにあるまじきトランクルームをリアに出っ張らせた、3ボックススタイル。 往時の英車通には説明不要かもしれぬが、このクルマの名はライレー・エルフ。姉妹車のウーズレー・ホーネットとともにBMCによって市販された、ミニでありながら「サルーン」と呼ばれた、3ボックスの豪華版である。
ではなぜBMCはオースティンとモーリスだけでなく、ミニにライレーやウーズレー版を加えたのか。そこにはあのグッドウッドの主、マーチ卿のような貴族が今も活躍する階級社会、イギリスならではのお国柄がある。
例えば「今度BMCから出た小さいクルマ、乗ってみるとなかなかいいらしいが、オースティンとモーリスしかないところが問題じゃな。わが家は爺さんの代からずっと、ライレーにばかり乗ってきたからのぅ」、といった階層の人々が、いたからである。
だから当時のBMCは、ADO15だけでなく、その上のADO16にも、さらに上の1.5~1.6リッター級の後輪駆動サルーンにも、オースティンやモーリスだけでなく、ライレー、ウーズレー、MG、ヴァンデンプラ等々、高級モデルやスポーティモデルをラインナップしていた。で、そうやってブランドのマークやグリルだけ替えて別のモデルを生み出す手法が、「バッジエンジニアリング」と呼ばれたのだ。
もちろんモデルによっては、バッジやグリルを替えるだけでなく、エンジンをツインキャブレターにしてチューンし、脚を固めるなど、メカニズムにも手を入れていたのだが。では、そんな当時のイギリス社会が生み出したADO15サルーン、ライレー・エルフとはどういうクルマか?
外観は写真にあるとおり、戦前には幾多のスポーツカーを生み出していたライレーの伝統を受け継ぐ、スポーティにして高級感もあるグリルと、トランクルームが後方に22㎝ほど突き出した、3ボックスボディがすべてを物語る。ただしシャシーの基本はミニそのものだから、2036㎜のホイールベースはミニと変わらない。
インテリアも基本はミニだが、センターメーターの周囲が上質なウッドパネルでカバーされたダッシュボードや、本革張りのシートが与えられる。運転席に収まると、ドライビングポジションはミニそのものだが、ぐっと優雅な気分に浸れるというわけだ。本来ステアリングは大径の樹脂製だが、試乗車はマニアのクルマの多くと同様、モトリタの小径ウッドに替えてある。
走り出して最初に印象的だったのは、シフトタッチのよさだった。作動はクーパーSのように確実で、しかも1速にも滑らかにシフトダウンできる。68年型以降のマークⅢは1速にもシンクロが備わっているのだが、この手応えならMTに乗る価値がある。
エンジンはミニ1000と同じ、Aタイプ998㏄のシングルキャブ38psユニットを搭載、車重はミニよりやや重い645㎏で、4速M/Tを介しての最高速は122㎞/hといわれた。試乗車はマニュアル仕様だが、独特の操作系を持つ4速A/Tも選べた。
【写真15枚】階級社会が生んだ小さな高級車ライレー・エルフの内装写真をギャラリーで見る
ところがこの69年型エルフ、どう考えても1リッターのシングルキャブ仕様とは思えぬ勢いで加速する。明らかにトルクが太い印象だし、中速から上の伸びもいい。1リッターのクーパー仕様にでもチューンしてあるのかと思ったら、なんと1.3リッター、つまり1275㏄のSUツインに換装済みだという。それなら気持ちよく走るはずだ。それでいて、クーパーSのように弾けすぎる感じもない、ライレーに相応しい絶妙なパワフル感で、実に爽快に走る。
それに加えて乗り心地も、ラバーコーンにつきものの跳ねる硬さがないと思ったら、この年式のサスペンションはハイドロラスティックだった。ハイドロにしてはやや硬めだが、ライレーの名に相応しい乗り味だし、締まったステアリングの感触も気持ちいい。
梅雨の合間の晴れの日に都内で走らせたライレー・エルフは、想像していた以上に気持ちいいクルマだった。室内にはクーラーの吹き出し口があるが、現状は作動しないという。でも試乗当日午前中の気温なら、サイドウインドーを開けば心地好い風がたっぷり入ってくるので、まったく問題ない。
ちょっとアッパーなイギリス人の気分でエルフを走らせる原宿は、60年代のスゥインギングロンドンのキングスロードに見えてきたりして、これだからヒストリックカーは堪らない。セカンドにシフトアップしてスロットルを軽く踏み込み、Aタイプユニットの快音を耳にしつつ表参道交差点を横切りながら、僕は心からそう思った。
【SPECIFICATION】ライレー・エルフMk-III
全長×全幅×全高:3308×1410×1346mm
ホイールベース:2038mm
トレッド(F/R):1207/1168mm
車両重量:645kg
エンジン:水冷直列直噴4気筒OHV
総排気量:998cc
最高出力:38ps/5250r.p.m.
最大トルク:7.1kg-m/2700r.p.m.
サスペンション(F/R) :ウイッシュボーン/トレーリングアーム
ブレーキ(F&R):ドラム
タイヤ(F&R):520-10
■関連記事
- 2024年最後の開催! 英「H&Hクラシックス」のオークションに、ワンオーナーで希少価値の高いクラシックカー出品へ
- 43回目を迎える「ミッレミリア 2025」、戦前の壮大な大会のように”8の字型”コースに決定
関連記事
【比較試乗】小さいボディに走りのエッセンスを凝縮。新世代のコンパクトスポーツを楽しむなら?「アバルト500eツーリスモ vs ミニ・クーパーS 3ドア」
試乗記
2024.09.25
完全電動で多用途! フェイバリット・トリムの「MINI カントリーマンE」
EV
2024.06.07
新世代MINI第三弾!DNA継承とシンプルさがテーマのクロスオーバーEV「ミニ・エースマン」、堂々の登場!
ニューモデル
2024.06.06
「クロスオーバー」のフルモデルチェンジ版の最新SUV「カントリーマン」を2台展示! MINI出展情報【ル・ボラン カーズ・ミート2024 横浜】
ル・ボラン カーズ・ミート2024横浜
2024.05.14
愛車の売却、なんとなく下取りにしてませんか?
複数社を比較して、最高値で売却しよう!
車を乗り換える際、今乗っている愛車はどうしていますか? 販売店に言われるがまま下取りに出してしまったらもったいないかも。 1 社だけに査定を依頼せず、複数社に査定してもらい最高値での売却を目 指しましょう。
手間は少なく!売値は高く!楽に最高値で愛車を売却しましょう!
一括査定でよくある最も嫌なものが「何社もの買取店からの一斉営業電話」。 MOTA 車買取は、この営業不特定多数の業者からの大量電話をなくした画期的なサービスです。 最大20 社の査定額がネット上でわかるうえに、高値の3 社だけと交渉で きるので、過剰な営業電話はありません!
【無料】 MOTA車買取の査定依頼はこちら >>