1960年代に誕生し、景気が最高潮を迎えた1990年代の初頭まで作り続けられたダイムラーのダブルシックスは、ジャガーというブランドのスタンスを代弁し、歴史を雄弁に物語る生き証人のような存在といえる。4ドア・サルーンでありながらスポーティなシルエットで人々を魅了し続けてきたこの1台には、価格に換算できない価値が宿っている。
背景を知って価値を量る
ダイムラー・ダブルシックスの本当の価値を知ろうと思ったら、まずは中身を透視し、歴史を遡ってみる必要があるだろう。
総アルミニウム製のV型12気筒エンジンは幻のミッドシップ・レーシングカー、XJ13の胎内で育まれEタイプの最終型に搭載されてデビューを飾っている。設計を手掛けた人物はウォルター・ハッサンとハリーマンディのコンビである。ハッサンはベントレー、ロールス・ロイス、ERA、草創期のジャガー、コベントリー・クライマックスを経て、最後の作品としてジャガーのV12を完成させている。一方のマンディはERA、BRM、コベントリー・クライマックスと一貫してレーシング畑を歩んで、ロータス・ツインカム・エンジンのシリンダーヘッドを描き上げ、最終的にジャガーに籍を置きV12エンジンの誕生と熟成に尽力した。
生みの親の経歴を鑑みれば、ジャガーV12は英国のレーシング・エンジン技術の結晶とも言い換えられるのである。自動車用エンジンの理想形とも言われるV12エンジンは、レーシングの世界でも重宝されるが、豪奢なセダンの心臓としても有用といえる。結果的にこのV12エンジンはジャガー・ブランドの格をさらなる高みに押し上げた後、再び請われてレーシングの世界へと舞い戻り、グループCカーのパワーユニットとして7リッターまで拡大されている。ジャガーはグループCの世界でも成果を挙げており、1988年のル・マン24時間レースでは、XJR-9が31年ぶりの総合優勝を達成している。
一方ダイムラー・ダブルシックスのベースとなっているジャガーXJ6シャシーは1968年に登場しており、そのモノコックボディはジャガーがマーク2やマークXで温めてきた技術の発展型といえる。ジャガーIRSと呼ばれるリアの独立サスペンションは、ジャガーEタイプのプロトタイプであり、ブリッグス・カニンガムが1960年のル・マン24時間レースに持ち込んだスポーツレーシングカー、ジャガーE2Aに組み込まれて開発されたシステムだ。
ドライブシャフトがアッパーアームを兼ねる構造はロータスのチャプマン・ストラットにも通じるが、強固なサブフレームと片側2本のコイルオーバー・ダンパーを与えられている点はシンプル一辺倒なロータスのそれとは違って贅が尽くされている。とはいえバネ下荷重を軽減するためブレーキはインボードに置かれるなど、レーシーな血筋が随所に窺える造りになっている。
ジャガーXJ6シャシーが細くてシャープな見た目のみならず、その走りに関しても格段にスポーティである背景には、確たる理由があるのだ。そして”ジャガーのネコ足”という表現が本当の意味で当てはまるのも、ツインショックアブソーバーのジャガーIRSを装備したモデルだけなのである。
核となる部分を理解してから写真を凝視してみると、ボディサイズの割には窮屈な室内にも納得がいくし、ウッドパネルとコノリーレザーと分厚くクロームがかけられたパーツが散りばめられた光景も”英国伝統の”という使い古された表現よりもいくぶん躍動的に見えてはこないだろうか?
現代の”製品”に、ダイムラー・ダブルシックスが秘めているようなバックグラウンドを求めることは難しい。もはやレーシングの世界と一般車世界の繋がりは限りなく細くなってしまっているし、材質レベルで質感を追求することもできなくなっているからである。
いざダブルシックスのオーナーになり、細身の革巻きステアリングを握っても、闇雲にエンジンを回してペースを上げて走る必要はない。じっくりと人の話に聞き入るように、ダブルシックスが発するメッセージに耳を傾けるだけで、きっと得難い経験ができるはずである。
世の中のあらゆるものの価格は需要と供給のバランスによって決められている。だからこそユーズドカーは個々に値段がつけられており、それを安いと感じたり高いと感じたりするわけだ。しかし愛車をお金に換算して考えるカーライフは幸せとは程遠い。値段の多寡ではなくただ”良いクルマを手に入れた”とだけ捉えながら長い時間を共に過ごしたいもの、ダイムラー・ダブルシックスもその範疇にある。そうやって数値化できない価値がこのクルマには宿っているのである。
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