雪の回廊を楽しめるのは連休明けの五月中旬頃まで
道路公団の有料道路として志賀草津道路が開通したのは1970年9月(国道292号として無料開放されたのは1992年11月)のこと。風光明媚な志賀高原を抜け、ふたつの有名温泉地を結ぶ道だけに、人工的な観光道路と思われがちだが、実はその歴史は意外と古い。
もともと渋峠を抜けていく道は、上州から善光寺へ向かう最短ルートに拓かれた参詣路で、かつては草津街道と呼ばれていた。険しい山道だけに誰もが気軽に歩ける道ではなかったが、江戸時代になると、中山道の追分(軽井沢の西)から善光寺経由で越後に至る北国街道に関所ができたため、裏街道として盛んに人や物が行き来するようになったという。志賀山麓の農民にとっては、荷担ぎや案内人の仕事は貴重な収入源にもなっていたのである。
「太平洋戦争前、ここは登山や山スキーで荒天に見舞われた時の避難小屋だったんだよ」
こんな話を聞かせてくれたのは、群馬/長野県境を跨いで建つ渋峠ホテルのご主人、児玉幹夫さんである。先代の父が、戦時中に朽ち果ててしまった避難小屋の跡地に宿を再建したのは昭和26年(1951年) 。昭和40年(1965年)に渋峠を抜ける自動車道(未舗装)が開通し、その5年後に志賀草津道路が完成。観光地として脚光を浴びはじめたため、国土地理院が綿密に測量をやり直したところ、長野県側にあると思っていたホテルの建物の真下を地図上の県境ラインが通っていたのだそうだ。
県境に位置する渋峠の標高が実際には2152mで、それより20m高い国道最高地点が峠の700mほど南寄りにあるのも、おそらくは当時の地図があまり正確ではなかったためではないかと児玉さんはおっしゃっていた。
「昔のことはよく知らないが、ホテルの前のお地蔵さんには、文化の年号が刻まれている。たぶん、かなり前の時代からこの峠を行き来する人はいたんだろうな」
このお地蔵さんは、道路公団の拡張工事がはじまった時、よそに移されそうになったのだが、先代が「それだけは絶対にいかん!」と猛反対。道路の曲がり具合を微妙に変えたため、かつての草津街道の道端と変わらぬ場所にいまも鎮座しているのだそうだ。
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