半世紀の節目は異例の開催に
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、恒例の5月から9月へと開催を延期し、当初は無観客レースを予定していた第48回ニュルブルクリンク24時間レース(ADAC TOTAL 24H RACE/2020年9月24-27日)だが、主催者と地区行政の尽力もあって、GPコースのグランドスタンドにのみ1日あたり最高1万人までの入場者を許可をする特例処置が取られた。毎年、このレースの観戦を楽しみにしていた地元ファンにとって、この1万枚はプラチナチケットとなったに違いない。
1970年の第1回から半世紀もの年月を経たこの第48回(オイルショックの影響で2回中止)大会の決勝レースは、横殴りの冷たい雨が吹き荒れる中ではじまった。いつもと同じならば、20万人以上の溢れんばかりの観客のざわめきと鳥肌の立つような熱気に包まれたであろうニュルブルクリンクだが、今年は驚くほどの静寂の中で全97台のマシンが淡々とスターティンググリッドに並ぶ。ただ、その独特なスタート直前の緊張感は50年前も現在も決して変わらない。2020年9月26日土曜日の現地時間15時30分にシグナルがグリーンへと変り、全長25kmのグリーンヘル(緑の地獄)での世界一過酷な耐久レースがスタートしたのだ。
24時間のスプリントレースと称されるように、トップカテゴリーであるSP9クラスのGT3マシンを駆るプロドライバーたちは、大量の雨が降り注ぎ水煙が高く上がる視界不良の中、闘志をむき出しに序盤から激しく攻め続ける。しかし、トラック温度9℃と、強力なウェットタイヤでさえ歯が立たない厳しいコンディションに、スタート直後からいくつものマシンがグリーンヘルの犠牲となっていく。
5月や6月の例年とは異なり9月末のニュルブルクリンクは日没が早く、ナイトセッションは長時間におよぶ。22時頃にはさらに雨脚が激しくなり、スタート直後から先頭でランデブーを続けたメルセデスAMG GT3の優勝候補2台が早くもそのポジションから脱落。トップドライバーが「まるで氷の上を滑っているようだ」と口にする程に危険なコンディションとあって、22時32分には赤旗が降られレースは一時中断となった。降りしきる雨の中、全マシンはピットへ一旦戻され、休む間もなく車両整備に取り掛かる。0時30分にはアップデートが発表されるとの事だが、雨雲レーダーを見る限り、とても数時間以内にレースが再開できる状況ではなさそう。案の定、安全を優先すべく翌朝7時までの走行中止という決断がなされた。
開催直前のポルシェに何が?
実は今大会直前にはコロナ禍ゆえの残念な出来事も。長年に渡ってニュルブルクリンクで活躍し数多くの勝利を飾る名門、マンタイレーシング #911のポルシェ911 GT3Rが急遽エントリーを取り下げなければならない事態となった。その前週末に仏サルテ・サーキットで開催されたル・マン24時間レースにも、ポルシェワークスとして参戦していたマンタイレーシングだが、レース終了後のPCR検査でポルシェ関係者3名から陽性反応が出てしまい、ル・マンプロジェクトに携わったスタッフを全て自宅隔離措置とし、ワークスドライバーらもニュル出場を見送らざるを得ないという大波乱が起きたのだ。
しかし、カスタマーチームの7台をなんとかスタートさせるべく、代替えでル・マンにもニュルにも参戦予定ではなかったドライバーを探し出した。2018年ル・マンで総合優勝を飾り、ニュル歴代最多総合優勝記録を持つティモ・ベルンハルトもそのひとりだ。すでにレーサーを引退して監督業に専念をしていたのだが、ほとんど下準備なしで現役トップドライバーを凌駕する走りを魅せた。そんなポルシェに起きた思わぬ騒動に対してニュルのライバルたちは、ポルシェの新型コロナウイルス感染拡大防止への冷静な判断と、カスタマーチームの参戦実現に向けた努力を称賛した。
さて長い赤旗中断が続くニュルのピットでは、まだ薄暗いうちから徐々にエンジンを温める音が鳴り響き、7時半から徐々にグリッドへ再整列がはじまる。そして8時にはセーフティカー先導でレース第二章のはじまりだ。雨はほぼ上がったもののトラックは濡れたままで、スリックタイヤの出番はまだまだ先のようだ。深夜の赤旗中断となる直前にトップ集団のメルセデスAMG GT3が次々と後退する中、アウディR8 LMS勢がトップを独占する。だが、その一方でBMW M6 GT3はタイムを上げジワジワと追い上げる。天候は相変わらず不安で、典型的なニュルウェザー。ノルドシュライフェでは部分的に雨に見舞われるなどタイヤチョイスが難しい。トップドライバーのスキルでさえも歯が立たない魔物がニュルには潜んでいるのだ。
徐々にドライになってきたとはいえ、少しでもレコードラインを逸れるとフルウェットになったり、ゼブラに乗り上げると激しく横滑りと、何が起こるか分からない。一瞬の判断違いでゲームオーバーになりかねない。ただ興味深いのは、これだけの厳しいコンディション下でも、プロたちはその状況をむしろ愉しみ、次々に訪れる困難を自身の糧としていたという。
レース終盤も波乱の展開に
トラックが乾き出しスリックタイヤへとスイッチしたマシンがペースアップしはじめる。ゴールまで残り1時間程を残す頃、ノルドシュライフェをまたもや冷たい雨が打ち付ける。依然としてアウディR8勢がトップを固めて王者への道を邁進するが、この雨でBMW M6勢は素早くウェットタイヤをチョイス。トップを走る#3のアウディ・スポーツはライバルがピットインをした隙にスリックのまま先を進む戦略を選択した。しかし、運悪くもこの際に大きなクラッシュが発生し、ガードレールの修復や路面のオイル処理、破損マシンの撤収に長い時間が割かれた。その間にBMW M6がトップ集団に食い込んで、アウディとの激しい攻防戦を繰り広げる。
そんな中、あろうことかDTMで2度の王者を誇るマルコ・ヴィットマン率いる#98のROWE(ローヴェ)BMWがピットアウト時間を誤って、1分7秒というピットストップ・ペナルティを受け、優勝候補から離脱。しかしその直後、アウディの優勝候補でDTMやフォーミュラEで活躍するニコ・ミュラーを擁するアウディ・スポーツの#1がガードレールにヒットしてマシンを破損。急遽ピットインをして修復をするも優勝争いには実質外れてしまう。そんな波乱に満ちたラスト1時間から目が離せなくなる。
レース終盤、#99 ROWEのBMW M6GT3は着実に#3のアウディ・スポーツのR8 LMSとの差を縮め、5秒差にまで追い込むという手に汗握る展開となった。また、3位争いも#42のシュニッツァー対#98のROWEというBMW同士の一騎打ちとなり、展開によってはBMWが表彰台を独占する可能性も。
BMWは前GT3モデルのZ4から現在のM6に至るまでの10年間、このニュル24時間での総合優勝を一度も手にできていない。来年にはM6 GT3が退役し、新たにM4 GT3へとスイッチするとあった、なんとかこの50周年という節目を勝利で飾りたかったに違いない。アウディやポルシェ、メルセデスAMG、BMWらがニュルでの勝利に強く拘るのは、その信頼性と速さを実証する大きな意味を持つから。ドイツのプレミアムブランドとしての意地と誇りを掛けての戦いでもあるのだ。
BMWが10年間の無念を晴らす
レース終了時刻が刻々と迫る中、#3 アウディ・スポーツのR8 LMSをはじめ各マシンが次々と最後のピットストップへと入る。フィニッシュまでの最低限の燃料を給油し、タイヤを交換しての最後の花道へと向かうのだ。しかし、このタイミングで#99のROWE BMW M6がトップを奪取。そのまま着実に周回を重ねるROWEを#3のアウディR8が僅差で追うという展開となる。上空のヘリが空撮でその模様を映し、世界中のニュルファンがそのオフィシャル映像を手に汗握りながら見守った。しかし、アウディの鬼気迫る追い上げも時間切れとなり、15時30分にゴールフラッグを最初に受けたのは#99のROWE BMWのM6 GT3だった。
BMW Motorsportにとっては10年目の歓び、そして10年分の無念を晴らした瞬間だ。24時間もの時間を戦い、1位と2位の差はわずか15秒あまり。総合第2位入賞は立派な成績だが、2位は最大の敗者ともいえるだけに、ラストスティントを担った#3 クリストファー・ハーゼの落胆ぶりは心に痛く刺さった。
コロナ禍と秋のドイツならではの天候の影響で、まるでジェットコースターのように激しいアップダウンを繰り返した2020年のニュルブルクリンク24時間レース。互いに激しく争ったライバルとはいえ、最後はメーカーやチームの垣根を越えて勝利を讃え合う姿は、まさに心揺さぶられる人間ドラマである。なによりもこのニュルブルクリンクが半世紀もの間、レースを通してを演出してきたドラマだといえるだろう。今年のニュル24時間は50年前の第1回大会と同じくBMWの祝杯で幕を閉じた。さて次の50年には一体どんなドラマがこの地で繰り広げられるのだろうか、未来をそっとのぞいてみたくなった。
【第48回ニュル24時間レース総合リザルト】
1. #99 ROWE RACING BMW M6 GT3(SP9)
2. #3 Audi Sport Team Audi R8 LMS GT(SP9)3
3. #42 BMW Team Schnitzer BMW M6 GT3(SP9)
4. #98 ROWE RACING BMW M6 GT3(SP9)
5. #1 Audi Sport Team Audi R8 LMS GT3(SP9)
6. #29 Audi Sport Team Audi R8 LMS GT3(SP9)
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19. #73 Walkenhorst Motorspor BMW M4 GT4(SP8)
この記事を書いた人
武蔵野音楽大学および、オーストリア国立モーツアルテウム音楽院卒業。フリーランスの演奏家を経て、ドイツ国立ミュンヘン大学へ入学。ミュンヘン大学時代にしていた広告代理店でのアルバイトがきっかけでモータースポーツの世界と出会い、異色の転身へ。DTM、ル・マン/スパ/ニュルブルクリンクの欧州三大24hレースを中心に取材・執筆・撮影を行う。趣味は愛車のオープンカーでヨーロッパのアルプスの峠をひたすら走りまくる事。蚤の市散策。
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