ファスト・トラベラーはスーパーSUVの夢を見るか
このクルマの解釈は色々とあるだろう。当時一流のレーシングガレージが手掛けるトラベラーなのだから、ハイウェイをもの凄いスピードで走って、リアの牧歌的な木枠を見せつける楽しみもあったのだろう。けれどオリジナルのトラベラーをドライブした記憶を辿れば、単純に1リッター以下のツルシのユニットの遅さに耐えられなかったということなのだろう。何しろトラベラー/カントリーマンのボディはホイールベースが延長されている分重いだけでなく、広大なグラスエリアが広がっており、それも重量増に拍車をかけている。
空荷でさえスピードの足りない、坂道が少し辛そうなトラベラー/カントリーマンのエンジンを何とかしたいという思いは当然の如く発生するものだったに違いない。実際にオールド・イングリッシュ・ホワイトのボディと艶の抑えられた玄人仕上げの木枠が、大熊康夫さんが描く英国カントリーサイドの風景にそのまま当てはまるようなトラベラーは、発進する瞬間から驚くほどキビキビと加速していく。まるで後ろに背負ったカーゴスペースの存在を忘れさせるほどに。
そんなトラベラーらしからぬスピードをしっかりと下支えしているのが、やはりクーパーSからコンバートされたディスクブレーキの存在だ。そしてドライバーの目の前に広がるダッシュパネルに関しても、センターメーター1個のシンプルなトラベラー純正とは違い、まるでクーパーSのワークスラリーカーのように精悍なものに変わっている。これならばドライバーは、おおよそ前を向いて走っている時にはクーパー1275Sをドライブしている気分に浸れるし、周囲を振り返れば家族の笑顔を見ることができる、という唯一無二の世界観を愉しめるに違いない。
そしてもちろん、目的地の広場、川のほとりに着いたら、リアハッチを開けてピクニックセットを展開し、当時のBMCのカタログそのままの憧憬を再現することができるのである。もちろんスペックだけを追うならば、トラベラー/カントリーマンのオーナーが、昨今とても貴重な存在になってしまっている本物の1275Sユニットを何とか手に入れて換装すれば同じ楽しみを享受できるわけだが、個体にずっと付いて回るヒストリーまで噛み締めることはできまい。この愉しみは、世界限定6台の特別なものなのである。
斜め後方からの佇まいはモーリス・ミニ・トラベラー以外の何物でもない。本文でも述べられているように、サルーンに比べ少しずつ大きく重くなったボディに34psの848ccエンジンの組み合わせはいかにも頼りなく、それは38psの998ccになっても基本的には”必要最低限”のパワーだったろう。クーパー系のパワーを知ってしまったミニ・オーナーであれば、なおさら。逆に言えば、当時の人々は必要以上に欲張らず、自分にとって本当に必要なものの優先順位を、潔くつけていったのだろう。羊の革を被ったオオカミというよりは理性的だが、趣味人の理想を具現化した1台は実に魅力的なファスト・トラベラーなのである。