クラシック・ミニのモディファイ・スタイルは星の数ほど存在するが、史実を重んじるのであれば、方法論はいくつかに限られてくる。しかしながら、牧歌的な雰囲気の漂うトラベラー/カントリーボディにクラシック・ミニ最強のクーパー1275Sユニットを積み込んだという、一見暴挙ともいえる組み合わせが存在することはご存じだろうか。今回はそんな稀有なヒストリーを持つトラベラーを紹介する。
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ミスマッチな組み合わせに隠された驚きのヒストリー
時代は突き進み、しかし時に反芻する。ワークホースに過ぎなかったバン車が家族の暮らしに入り込んでステーションワゴンと呼ばれるようになり、長閑な週末のファミリーカーとして重宝されてきたが、いつしかそこにスピードの幻想を抱く人も出はじめる。
実際に現在のマーケットを見てみれば、ポルシェがSUVを作ること自体が”スピードワゴン”の発露だし、SUV後発組のイタリア勢は矢継ぎ早にトップグレードを追加した。アルファロメオはステルヴィオにすこぶるパワフルなクアドリフォリオを用意し、マセラティはレヴァンテにフェラーリ・ユニットを搭載したトロフェオを付け加えたのだ。
そんな現代の眼から見た場合、今目の前に佇む白いクラシック・ミニはどう映るのか?
真正面から見れば、それは単なるミニに過ぎない。クルマ好きならボンネット先端に据えられたSの文字を目ざとく見つけるだろうから、マーク1ミニ最強モデルの存在に少しワクワクするはずだ。ところが横方向に移動しながら見ていくと、アッシュウッドでできた木枠を発見し、「えっ、これはトラベラー/カントリーマンなの?」となる。歴史上、クーパーSに長モノは存在しないからである。存在しないはずの”スピードワゴン”は時代の予言者だったということになる。
そう、現在のMINIのラインナップを見れば、MINI5ドアやMINIクロスオーバーといったいわゆる長モノモデルにも、最強モデルたるJCW(ジョン・クーパー・ワークス)グレードが用意されているのだから。
ボディの前後にクーパーSの象徴を掲げるこのトラベラーのいでたちは極めて穏やかなものだ。オリジナルのトラベラーに忠実にレストアされている内装は、よく見かけるタータン(赤)だが素材には本革が使われている。バッヂチューニングの可能性もあると思いボンネットの中身を見せてもらう。最初に目に入るのはパーツの随所にかなり上質なクロームメッキが施されていることだが、楕円のエアクリーナーケースの下に鎮座するSUキャブレターのサイズと個数がまず異質だ。その次にロッカーカバーの周囲でシリンダーヘッドを留めているスタッドボルトが11本あることを見定める。そういえばロッカーカバー上に据えられたダウントンのエンジンプレートは、よく見かけるタイプではなくアルミの地肌が剥き出しになった初期のもの。そしてエンジンルーム全体を隈なくチェックし、エンジンナンバーがクーパーSの最終に近い番手であることも確認できた。排気量は最大パワーを誇った1275ccである。
静岡県焼津市のスペシャルショップであるCLASSCA(クラスカ)で出くわしたモーリス・ミニの”クーパーSトラベラー”。メーカーの歴史上に存在しないモデルなのだから、他の何者かが後から仕立てたカスタムであることは間違いない。果たして、それは何者なのか?
エンジンが壊れたトラベラーと追突されたクーパーSのニコイチなんていう想像は容易いし、それだったら正直なところわざわざ撮影させてもらう意味はないだろう。
CLASSCAの藁科さんは1枚の古びた紙きれを見せてくれた。そこにタイプされた短い文字列の中で、Converted by the Cooper Car Companyという一文だけが浮き上がり、目に飛び込んできた。そう、このスピードワゴンはクーパー自身が手掛けたクルマだったのである。