愛らしいルックスはそのままに、シフトして操る喜びか? 新しい運転感覚の喜びか?
2007年に3代目が誕生して以来、おしゃれで愛らしい魅力で人々を魅了し続けている「500(チンクエチェント)」。いうまでもなくアバルトは、そんな500をチューニングしてまったくの別物に仕立てたホットバージョンだ。そこに新たに登場したのが、フィアット初の電気自動車「500e」。果たしてこの3台、どのような構図になるのだろうか!
乗り心地は500史上最良
おなじみフィアット500に純EV(BEV)の選択肢ができた。500e。ルックスはまごうかたなきチンクェチェントだが、このシリーズ初のフルチェンジモデルともいえる21世紀の「ヌオーバ 500」である。日本車、輸入車を問わず、BEVも品揃えが増えてきたが、結論を先にいうと、500eの美点は”気安さ”だと思う。
BEVという新種なのに、「どうだ、新しいだろ!」と人を驚かせるような演出はない。2007年以来、愛されてきたチンクェチェントのBEVとして、走りも”見せ方”もほどよくつくられている。BEVを難しく考えていないような、肩の力が抜けた感じがイイ。初めての電気自動車としては最もお薦めできるクルマの1台だと思う。
コクピットはガソリン500よりシンプルで広々している。プッシュボタンで起動し、ダッシュボードのDボタンを押してスタートすると、イチゲンさんでもいきなりスイスイ走れる。前輪を駆動するモーターは最高出力87kW。㎰表示だと118㎰だがどんな500よりも加速は力強く、もちろん静かだ。ボディ剛性も高く、しっとり落ち着いた乗り心地は500史上最良。
センターコンソール上で選べるeモードは「ノーマル」「レンジ」「シェルパ」の3つ。ノーマルモードだとアクセルペダルを戻しても、ほとんど回生ブレーキ感がない。むしろ加速してるのではと感じるほど空走感が強い。そんなところはさすが”イタ車”である。
レンジとシェルパは電池節約モードで、回生制動が強くなり、街なかでは右足を緩めるいわゆるワンペダル操作だけでスムーズに停止までもっていける。追越し時などでアクセルを床まで踏みつければ、どのモードでも胸のすく加速が得られるが、最強節電モードのシェルパでは最高速度が80km/hに制限される。試乗中はほとんどレンジモードで走った。
床下に42kWhのリチウムイオン電池を搭載し、航続距離はカタログ値(WLTCモード)で335kmとされる。今回、100%充電の出発時に、前記3つのモードでの航続距離は260〜297kmと出ていた。大容量電池を搭載してロングレンジを謳うBEVではない。しかし、セカンドカーとして使うなら、これで必要十分だろう。
というか、その範囲で心して使えばいいのである。猛暑のなか、エアコンを効かせて一般道と高速道路を計170km走ると、電池残量は43%になった。電費は7km/kWhちょっと。車重を1,320kgに収めたコンパクトBEVならではの好電費といえる。
右リアフェンダーにある充電口は200Vの普通充電のみ。だが、日本仕様は標準装備のアダプターでチャデモの急速充電にも対応している。43%までしか減らなかったので、今回、クイックチャージは試さなかったが、500eのようなシティラナバウト的BEVは発展途上の急速充電インフラに頼らず、基本、200Vの”おうち充電”で付き合うクルマだと思う。ベーシックな3kWの充電だと、残量43%から100%までは7時間52分と表示されていた。
価格は試乗車の”ポップ”で450万円。なのだが、残念ながら買うことはできない。2種類用意される5年間のリースのみで、最後に買い取ることもできない。契約終了後は返却が条件だ。BEVの場合、電池のリスクをユーザーが負わなくてすむこのやりかたは、ある意味、合理的かもしれないが、チンクェチェントの”愛されキャラ”を考えると、やはり所有できないのは弱点だろう。今後の展開に期待したい。
乗り方のあるツインエア究極にアツイ595
2010年にチンクェチェント用として初登場した”ツインエア”ユニットは、レオナルド・ダヴィンチもお墓でびっくりの2気筒875㏄ターボである。しかし500eに1日半試乗した直後に乗り換えると、凡人自動車ライターでもあらためてびっくりだ。500eと比べてしまうと、力がない。2気筒のビートはよく言えば個性的、率直にいえばショボイ。
BEVの500eはこの天才エコエンジンについに引導を渡すのか!?と感じた翌朝、リフレッシュした心と体で空いた道を走ると、思い出した。ツインエアには乗り方があるのだ。3,000rpm以下ではトルクがないくせに、引っ張っても5,500rpmまでしか回らない。
つまりトルクバンドが狭い。だから、5段オートMTのスローな自動変速に頼っていないで、長いシフトセレクターかパドルで自らギアを選ぶ。自動変速に任せっきりだといかにもトロ火で回っている感じのエンジンに、自分で薪をくべてやる。そうやってアグレッシブに運転すると、たかだか85㎰とは思えないほどの力が湧く。
そしてなにより楽しい。電動ソフトトップを持つこのオシャレなチンクェチェントも、速くないと嘆くのではなく”速く走らせるクルマ”なのだ。21世紀にもなって、フィアットるという。日本のチンクェチェントユーザーはアツイのだ。
そして究極にアツいチンクェチェントが「アバルト595 コンペティツィオーネ」である。最近急に路上での目撃率が上がったような気がする595の公道レーサーだ。ノーマル595だと145psの1.4L 4気筒ターボを180psまで絞り上げている。
試乗車は2ペダルの自動MTモデル。ツインエアのようなシフトセレクターはなく、変速はパドルのみで行なう。ツインエアではエコモードだったダッシュボードのボタンはサソリ印のスポーツモード用に代わり、オンにすると、230Nmの最大トルクが250Nmに向上し、”レコルト・モンツァ”の排気音はいっそうレーシーになる。
KONIのダンパーで締め上げられた足まわりは、ホットハッチとしても格別の硬さだ。とくに低速域だと、205/40R17のミシュラン・パイロットスポーツ3は路面の凸凹を細大漏らさず伝えてくる。ボディ剛性も大幅にアップしているから、ツジツマは合っている。まったく”たわみ感”のないこのアシのおかげで、コーナリングはまさにカート感覚だ。0→100km/hの加速タイムは6.7秒。排気音やロードノイズの演出で、”速い”以上に”速い感じ”がする。だから安全でもあると思う。
やけどしそうなほどアツいターボエンジンに、スパルタンきわまる足まわり、数々のギミックやくすぐり。あらためて595コンペティツィオーネを味わうと、スゴイものをつくったなあと思う。450万円の価格は奇しくも500eポップと同じである。快適でクリーンなのは文句なしに500eだが、こんな”スゴイモノ感”は595の独壇場だ。たぶん遠からぬ将来電気サソリのスゴイモノ感はどんなものになるのだろう。
KABATA’S PERSONAL CHOICE:いま乗るなら「エンジン」の500Cツインエアを選ぶ!
なにしろクルマがEVになればいいなあと過去に一度も思ったことがない”エンジンっ子”なので、2ペダルでも手動変速すれば意外に速くて楽しめるツインエアを選ぶ。コンペティツィオーネは自分には過激すぎ。アバルトならタダの595のMTで十分です。