「イタリアで”フォルクスワーゲン”」の理由
筆者が住むイタリア中部トスカーナは初夏から秋にかけて、自動車愛好会系ミーティングが目白押しである。自動車メーカーのカタログにもたびたび登場する風光明媚さ、立ち寄るのにぴったりの広い駐車スペースをもったワイナリーやリストランテ、イタリア半島の北・南どちらからでもたどり着ける地理的優位性、さらに古いクルマも無理を強いられず、かつ運転が楽しめるなだらかな丘陵地であることがその秘密だ。
「インターナショナル フォルクスワーゲン(VW)ミーティング」は、シエナ県のスタッジャ・セネーゼをベースに原則毎年開催されてきたイベントである。2021年で35回を迎えた。
オーガナイザーはジョヴァンニ・デイさん。メカニック出身の彼は県内でVW、とくに空冷仕様のショップ「デイ・ケーファー・サービス」を営んでいる。本場ドイツのファンでさえ頼りにする、絶品パーツやリビルド・パーツのスペシャリストであるとともに、独自のモディファイやチューンを施したビートルを製作している。
イタリアでも空冷VWは人気が高い。フィアット王国であるこの国で、なぜなのか?
理由を説明してくれたのは、イベントを協賛しているイタリア最古のVW系愛好会「マッジョリーノ・クラブ・イタリア」のカミッロ・クローチ会長だ。maggiolinoとはカブト虫の一種であるコフキコガネを指す。長年イタリアにおけるビートルの愛称である。
「当初イタリア人は、第二次世界大戦中の苦い記憶から、簡単にVWを受容できませんでした。しかし、5人が乗れて頑丈で、かつ洗練された機構は、トリノのブランドが支配するこの国で、人々を次第に魅了していったのです」
ちなみに今日でも、イタリアでVWは極めてメジャーなブランドだ。2021年7月の国内新車登録台数ではフィアット(16,420台)に次ぐ2位(10,602台)で、3位トヨタ(6,455台)を大きく引き離している。
もはや名物イベントに
2021年のインターナショナルVWミーティングは、7月2日から4日までの3日間にわたって催され、ドイツ、スイス、オーストリアなど近隣諸国からも含めて約180台が参集した。
ざっとプログラムを紹介すると、初日は夕方から参集してディナー。翌日は近郊の地熱発電所の見学を兼ねて約50kmのツーリング、そして最終日はキャンティ地方のワイナリー訪問&フェアウェル・ランチといった具合だ。60年代ムードを楽しみたい人のために、毎年恒例のキャンプ用ブースも設営された。
2020年は新型コロナ感染対策のため、やむなく中止となったこともあり、ファンたちの再会の喜びは例年より大きかったようだ。
運転免許取得以来27年ビートルを乗り続けているオーナー、自動車博物館の収蔵品に値する歴史的カタログを惜しげもなく持参し、エスプレッソ・コーヒーを飲みながら披露してくれる外国人参加者、とクルマへの愛情表現はそれぞれだ。
ランチの時間、それとは別に草原の食事を楽しんでいる家族を見つけた。プログラムでひたすら拘束しない“ゆるさ”も、このイベントが長続きしている理由である。夫のマッシミリアーノさんは1976年生まれ。そのオレンジ色のT2キャンパーを発見したとき、心に衝撃が走ったという。
「なぜなら子どものとき、父が同型車を運転して、家族旅行に連れて行ってくれたからです」
マッシミリアーノさんは「譲ってほしい」と交渉するが、当時の所有者は首を縦に振らなかった。どうやら当時、他のVWファンも交渉に臨んだが失敗したらしい。
ところが3年後、突然彼の電話が鳴った。とってみると、T2キャンパーの所有者の家からだった。マッシミリアーノさんの熱意が忘れられず、譲ることを決意したという。
かくして今日、彼は自分の父がそうしたように、夫人と息子たちを乗せてキャンプ生活を楽しんでいる。
イタリアで最も長く続いているVW系ファンイベントゆえ、“第2世代”の参加者も生まれていた。
ジョルジョさんは1993年生まれ。彼は、古い写真を筆者に見せてくれた。そこには幼き日の本人と、まだ若い頃の主催者デイさんが写っていた。「当時から、両親とともにこのクルマ(1972年式カブリオレ)で、このイベントに参加していたんです」と教えてくれた。今年はガールフレンドのマリアロザリアさんをパセンジャー・シートに乗せて参加した。
1台ごとに込められた思い出と情熱。彼らの熱い語りを、動画でご覧いただきたい。
文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
動画 大矢アキオAkio Lorenzo OYA/大矢麻里 Mari OYA
この記事を書いた人
イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを学び、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK「ラジオ深夜便」の現地リポーターも今日まで21年にわたり務めている。著書・訳書多数。近著は『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)。
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