トラブルが発生しながらも見事24時間を完走!
5月22日(木)~24日(日)、富士スピードウェイで開催されたスーパー耐久シリーズ「NAPAC 富士SUPER TEC24時間レース2021」に取材に行ってきました。
スーパー耐久は多くのカテゴリーが混在するレースで、大きく分けると2クラス。市販車をベースにレギュレーションに合わせて改造したクラスと、世界共通規定のレース車両を使用したクラス。さらにその中でエンジンの排気量などによって9つのクラスに分けられ、クラスごとと総合順位でタイトルを争います。
今年2021年シーズンからは新たに開発車両のクラス「ST-Q」クラスが開設され、このスーパ耐久シリーズ(S耐)24時間レースで、トヨタが開発中の世界初の水素エンジンを搭載する「カローラH2コンセプト」が走行することで、にわかに注目が集められました! というわけで、話題のこの水素エンジン車を取材してみました。
とはいえ、このコロナ禍では取材制限がされているのに、今回はこの水素エンジン車のレース参戦という大きなトピックではあるものの、トヨタ自動車の豊田章男社長であり、「ROOKIE Racing」のチームオーナー兼レーシングドライバー「MORIZO(モリゾウ)」選手がドライバーの一人として自らハンドルを握るのですから、注目を集めないわけがありません。
取材ではレース決勝日の5月22日土曜日朝10時30分少し前、富士スピードウェイに到着し、プレス受付で、取材時に一目でプレスだとわかるオレンジ色のタバードをピックアップ。ここ最近、カメラマン以外でも取材時はこのタバード着用となりましたが、こんな色のタバード初めて見たかもしれません。それだけ取材陣が多いということです。プレスルームは100人を上限とし、密にならない席の配置を行っているため、私はプレスルームに入れない組で、トヨタがメディア記者会見などを行う部屋のひと席をお借りすることになりました。
午前11時。モリゾウ選手(豊田章男社長)とGRカンパニー佐藤恒治プレジデント、ROOKIEレーシングの監督 片岡達也さん、レーシングドライバーの井口卓人選手、佐々木雅弘選手、松井孝允選手、石浦宏明選手、小林可夢偉選手、ROOKIE Racing GR SUPRAで参戦する豊田大輔選手による記者会見が行われました。
その内容は……、なぜ今、水素エンジン車なのか?
モリゾウ選手いわく「ゴールはカーボンニュートラルです」とのこと。
カーボンニュートラルとは、CO2の排出と吸収がプラスマイナスゼロにすること。自動車に当てはめると、走行中のエネルギーは太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーを使い、CO2の排出量をゼロにすることです。加えて自動車の原料調達から製造、運搬、廃棄、リサイクルまでもを含める「ライフサイクルアセスメント」(LCA)でもカーボンニュートラルを目指しています。この脱炭素社会を目指すことは世界的な流れでもありますが、そもそもは「パリ協定」で2050年までにカーボンニュートラルな社会へという指標を受け、2020年に菅総理が内閣発足時に「2050年までに温室効果ガス排出ゼロ。カーボンニュートラルで脱炭素社会を目指す」と発表したことをきっかけに、日本でも一気に電気自動車(EV)シフトか?とざわつきました。
しかし環境に優しい車=電気自動車というイメージがあるかもしれませんが、確かに電気自動車は走行時はCO2を排出しません。しかし日本で使用している電力のほとんどは火力発電で作られたもので、火力電量では石油、石炭、液化天然ガス(LNG)を燃やし、さらに海外からの輸入に頼る日本のエネルギー事情では、走行時はもちろん、車の製造から廃棄までに使われる電気は決して環境に優しいとはいえません。
また日本独特の住宅事情を考えても、自宅充電が難しいことや、充電時間が長いことなども懸念材料です。もし日本が他国と同様に自動車をEVにシフトしたとしても、電気自体の製造方法が自然エネルギーで作られる「グリーン電気」ではないため、日本国内で自動車の製造が難しくなり、雇用を大きく減らさねばならないという可能性もあり、他国とは大きく違うエネルギー事情から、日本は独自の新たな可能性を探らねばなりません。
こうした日本の自動車と自動車業界の雇用を守るため、立ち上がったのトヨタ自動車の豊田章男社長であり、自動車工業会の会長でROOKIE Racingのモリゾウ選手。そして白羽の矢が立ったのが「水素エンジン」です。
トヨタ自動車は「水素」をカーボンニュートラルの一つの選択肢と考えています。トヨタはすでに水素燃料電池車「MIRAI(ミライ)」を製造・販売しているため、水素を扱うノウハウがあります。とはいえ、「MIRAI」は水素と酸素を化学反応させて電気を作り、その電気でモーターを動かして走ります。しかし今回の「カローラH2コンセプト」は、水素を燃焼させて走る水素エンジン。同じ水素でも「水素の使い方」が全く違います。
しかし、トヨタがすでに使っている技術を応用し「カローラH2コンセプト」に投入すれば、クルマを作ることが可能なんですね。ベース車体は「カローラ・スポーツ」で、「GRヤリス」にしなかったのは、後席スペースの問題だったとか。というのも後席部分に水素が入るボンベを4つ搭載するため、広さを確保する必要があるのです。水素技術は「ミライ」が使っている中型サイズの水素タンクを2本、それを少し短くしたもの2本の合計4本を車内後席に搭載しています。世界ラリー選手権に参戦する「ヤリスWRC」がレースで培った安全技術、「GRヤリス」の1.6L 3気筒ターボエンジン、4WDシステム、高温、高圧、高回転に対しての耐久性なども加わったようです。
さらに「DENSO」がエンジンの中で使う燃料噴射装置インジェクションを進化させたのも大きかったようです。
水素は、ガソリンエンジンより燃料速度が速く、応答性はガソリンエンジンの8倍という特性があります。去年11月に初めて水素エンジンの試作車に小林可夢偉選手と一緒に乗った時、可夢偉選手が「このクルマは面白いからレースに使わせてください」とリクエストを出し、モリゾウ選手も「減速した後の加速が気持ちいい」という直感から、レース参戦することになったといいます。可夢偉選手も「水素に可能性を感じました。乗っていて面白いし、音もある。モータースポーツにはこれしかない、と思いました」とコメント。
佐藤プレジデントも「過酷な24時間のモータースポーツに参戦することで、開発スピードが速くなります」と、モータースポーツに参加する意義を語ります。
今回のレースで使用する水素は、福島県浪江町の「福島水素エネルギー研究フィールド」で作った再生エネルギー由来の「グリーン水素」です。水素ステーションは岩谷産業の協力により、移動式水素ステーションが2つ、充填タンクが4つ、発電機2機、万が一の水素漏れに対応するため、風を吸い込むクーラーも2機と、結構な広さを必要とするため、ROOKIE Racingのピットは一番1コーナーに近いピットでした。ピットアウトした後そのまま隣の水素ステーションに移動して水素を充填した後、コースへ戻ります。充填は一度に水素入れるのではなく、2回に分けて行われ、より多くの水素を充填させるために、2台の移動式水素ステーションが設置されています。ピットには水素燃料電池車(FCV)の「ミライ」とFSV搭載車両にした「グランエース」と「ハイエース」の3台が置かれ、そこから取り出した電力を使用。そのためピット内はとても静かで、キッチンカーもあり、そこで使われる電気も「ハイエース」から供給され、コーヒーやソーセージ、たこやき、豚汁なども振舞われたそうです。
決勝レースは午後3時スタートでしたが、前日の予選は悪天候で走行できず、シリーズランキングでグリッドを決定することに。32号車の「ORC ROOKIE Corolla H2 concept」のスタートドライバーは、元F1ドライバー小林可夢偉選手です。
「カローラH2コンセプト」30~40分ごとに水素の充填のためピットインするとのことですが、思ったより少し早い15時23分、小林可夢偉選手が水素ステーションに入ってきて充填開始。ちなみに充填は2か所に分けてあり、一気に充填するより2回に分けたほうが効率よく入るのだそうです。というわけで1か所目は約2分45秒、2か所目は約2分17秒の充填を行い、この充填エリアに入ってから出るまでトータル約6分41秒ほどでした。充填時間や充填の仕方なども試行錯誤しながらのようです。
ここでモリゾウ選手にバトンタッチし、約1時間半ほどドライブしたあと、18時09分に佐々木選手に後退したのですが、約30分後に緊急ピットイン。シリンダーの圧力が高くなり、異常燃焼の可能性があるとのことでセンサーまわりのものをすべて交換していました。その後コースに復帰するも、再度ピットインすることに。こちらはセンサーが神経質で出たエラーだったらしく、特に異常はなかった模様です。
その後もドライバーチェンジをしながら走行を続けましたが、最大のトラブルは深夜0時ごろに起きた電気系トラブルで、これは修復に約3時間強かかってやっとコース復帰しました。
しかしレースは残り1時間を切った14時18分ごろ、石浦選手が走行中に足回りに異変がでたためピットイン。ピット裏にあるGRヤリスの部品を流用してマシンに緊急移植することになりました。そして14時27分にコース復帰し、14時45分からはモリゾウ選手をコースに送り出し、見事チェッカーフラッグを受けました!
24時間レースらしく、フィニッシュ後はROOKIE Racingの2台でランデブー走行。チームのピット前にはゴールを待つドライバーやスタッフが待ち構え、ゴールを祝福していました。ここはお互いをねぎらい、最も感動する瞬間です。これが実に羨ましい。この時は、取材する人ではなく、実際に携わっていると何倍も感動するんだろうな……、と軽いジェラシーを感じました(笑)
でも私が最も心を打たれたのは、2台のマシンを見送り、ドライバーとチームスタッフによってお互いの健闘を称えあった後のことでした。GAZOORacingの佐藤プレジデントがピットに向かう途中に一瞬メガネを外して目頭をぬぐった姿を目撃したんです。この24時間レースの中で、そのシーンが最も印象的で、佐藤プレジデントの重責の大きさを感じた一瞬でした。モリゾウ選手は「水素は爆発するとか、危ないと言われていますが、私が乗ることが一番の安全証明」と言っていましたが、とはいえ世界一の自動車会社「トヨタ自動車」の社長であり、自動車工業会の社長ですが、何かあったら……、と思うと、最後まで24時間走りきれたことに安堵した瞬間だったのではないのでしょうか。私はたまたまこの姿を目撃しましたが、おそらくかかわった人誰もがそんな気持ちだったのではないかと思います。
小林可夢偉選手→モリゾウ選手→佐々木正弘選手→松井智允選手、井口卓人選手→松井選手→石浦選手→小林可夢偉選手→モリゾウ選手→井口選手→松井選手→石浦選手→モリゾウ選手と、6人でつないだ襷は24時間後のゴールを無事に迎えました。
今回の走行データは以下の通りです。
走行距離 1634㎞(358周)
走行時間 11時間54分
ピットイン時間 12時間6分
充填時間 4時間5分(35回)
水素の充填のために入る回数が多く時間も長いため、レースとして戦っていないように見えるかもしれませんが、実は走行中のタイムは悪くありません。どのドライバーも2分04分台で走り、ジェントルマンドライバーのモリゾウ選手も2分07秒台。「カローラH2コンセプト」は賞点外なので順位はありませんが、各選手とも自分との闘いだったのだと思います。そしてガソリン車特有の燃料の匂いはありませんが、エンジン音はあります。水素ステーションから出るときのエキゾーストは、エンジン車そのもの。そう!これこれ!笑
水素エンジン車でいきなり24時間のレースを戦った「ROOKIE Racing」の「カローラH2コンセプト」のチャレンジでしたが、レース終了後の記者会見では、誰もが晴れやかな表情をしていました。
モリゾウ選手は「24時間直し続け安全に走り抜き、データも取れました。今回は未来のカーボンニュートラル社会に向けての選択肢を拡げる第一歩になったのではないかと思います。10年後、20年後の未来を作るため、意思のある情熱と行動と会社を超えた取り組みが10年後、20年後の景色を変えることができるのではないかと実感できました。未来への扉を開くレースではないかと思います」。
私はこのはじめの一歩に立ち会えたことがとても嬉しいです。そして更なる一歩を楽しみにしています。
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