【ニューモデル情報通】Vol.2 トヨタ・ヤリスのルーツ、スターレット〜ヴィッツをおさらいする

2020/05/09 10:00

フルモデルチェンジで世界統一車名「ヤリス」に改名したトヨタ・ヴィッツ

トヨタの中心車種、ヴィッツは昨2019年秋にフルモデルチェンジを行った。その際、改名して世界統一車名「ヤリス」になったことはご存知の通り。知っていた人以外には聞き慣れない車名だが、海外では初代ヴィッツがデビューしてから使われており、ようやく日本がそれに合わせたカタチとなる。そこで、新車試乗記では伝えきれない内容をお伝えする「ニューモデル情報通」の第2回は、ヤリスの歴史を、スターレット時代中心におさらいしたい。

源流は、国民車「パブリカ」 そして「スターレット」が登場
ヤリスの源流をたどると、1961年発売の大衆車、初代パブリカ(P10/P20系)に行き着く。パブリカは「パブリック・カー」の略で、1955年に通産省(現、経済産業省)が発表した「国民車構想」に基づいて開発された、シンプルな大衆車だった。発売時の価格は38.9万円。参考までに、同じく当時の国民車で大衆車の「スバル360」は37.5万円だった。パブリカのエンジンは、小さく簡潔な空冷2気筒700ccエンジンで、のちに800ccまで拡大している。なお、カローラの登場はそれよりも後、1966年のことである。

1961年(昭和36年)に登場した初代パブリカ、P10系。当時のトヨタには1000ccのコロナと1900ccのクラウンしかなかった。

その後、バプリカは1969年に2代目(P30/P50系)にフルモデルチェンジ。初期には空冷エンジンを残したが、メインはカローラ系の1L/1.1L水冷OHV4気筒に発展。ボディも大きくなり装備も立派になった一方で価格は下がり、「1000ドル(=36万円)カー」とも呼ばれた。発売後3年経った1972年のマイナーチェンジでは内外装を大掛かりに変更、1977年まで製造された。

パブリカは1969年(昭和44年)に2代目・P30系へチェンジ。キャッチコピーは「ガッツ!パブリカ」「カモシカパブリカ」。1972年(昭和47年)には大きなフェイスリフトを実施してP50系に発展(左)、ファストバック風スタイル、同時期のカローラに似通ったマスクに変身。空冷エンジンを廃止し、グレード構成も「ファミリーシリーズ」と「ヤングシリーズ」に分化した。

この2代目パブリカからは、ある上位車種が派生している。それが「スターレット(P40/P50系)」だ。そのため、当初は「パブリカ・スターレット」を名乗っていた。当初のスターレットのキャラ付けは、意外なことにセリカのようなスポーティモデルだった。2ドアクーペのみでデビューしたこと、セリカの「フルチョイスシステム」を簡略化し、数種類の内外装と3種のエンジン、5MT/4MTを指定範囲内で組み合わせる「フリーチョイスシステム」を採用していたのも、それを物語っていた。登場同年に4ドアセダンを追加したが、その際車名を単なる「スターレット」に変更した。

初代スターレット(P40系)は、発売当初は「パブリカ・スターレット」と称した。エンジンは1Lと1.2Lで、74psを発生するツインキャブ版も存在。写真の「1000XT」はクーペ最廉価モデル。昭和51年規制を受けた1976年のマイナーチェンジでは、1Lと1.2Lのツインキャブエンジンが廃止されている。

「KP」と呼ばれ、今なお愛される2代目

スターレットと聞いて、「KP(ケーピー)」を思い浮かべる人も多いだろう。P60系・2代目スターレットは1978に登場。この段階でスターレットと併売のパブリカは消滅し、スターレットがトヨタのボトムラインを支えることになった。エンジンは昭和53年規制をクリアした1.3L のOHV、4K-Uを搭載。当時の最先端を行く3ドア/5ドアハッチバックのボディを持っていたが、FF化に慎重だったと言われるトヨタは2代目スターレットをFRのまま発売。リアサスに至っては4リンク式の固定軸という保守的な設計だった。しかしこれが幸いし、車重が軽く構造も簡潔・入手も簡単なFRとして、後年も人気を博すことになる。その後1980年にマイナーチェンジしてヘッドライトを角形に、さらに82年もフェイスリフトを行い、ポジションランプをヘッドライト脇に移動。70年代〜80年代のデザイントレンド変化に対応した。

スターレットの代名詞としてその名を残す「KP61型」は、FR最後のモデルでもある。エンジンは初代の3K型を引き継いで改良した4K型になり、フロントディスクブレーキを全車標準装備して安全性も高めた。上写真(記事トップ写真も)はスポーティグレードの「S」。

時代に合わせて進化していったスターレット
スターレットがFFになったのは1984年。3度目のフルモデルチェンジでP 70系になったときだった。6年8ヶ月ぶりのフルモデルチェンジということもあり、パワートレーンを含め設計を完全に一新。広くなった室内、クリーンなデザインの内外装、パワーアップした1.3Lエンジンも好評だった。この代のスターレットといえば実用的な仕様の「ソレイユ」が有名だが、当初は特別仕様車で、のちにレギュラーモデルに昇格している。スポーティな「Si」など走りを意識したグレードを用意したほか、1986年にはターボエンジンも搭載され、この後3代に渡り「スターレットといえばターボ」というイメージを作った。1.3Lターボエンジン「2E-TELU」は加給圧をスイッチで切り替えることが可能で、ローモード91ps、通常では105ps(のちに110ps)の最高出力を誇った。

FF化とともに、一気にモダンになった3代目・P70系スターレット。「EP71 型」という型式名も懐かしい。エンジンは新開発の「LASRE(レーザー:Light-weight Advanced Super Response Engine)」2E型1.3LSOHCで、1気筒あたり3バルブを採用。スポーティなSi系と、モータースポーツベースのRiには、電子制御燃料噴射(EFI)の2E-ELUを搭載。写真は「Siリミテッド」。

4代目スターレット(P80系)は1989年に登場。P70系に比べ、質感を高めた内外装デザイン、豊かになった装備、ガソリンエンジンの出力向上など、全体的に大きなクオリティアップを果たしている。P80系ではキャラ付けをより明確に行い、ターボモデルは「GT」という勇ましい名称に変わった。エンジンはDOHCになったが、2モードターボは継承。最高出力はローで125ps・標準で135psまでアップしていた。

4代目スターレットのP80系のエンジンは4E型に発展、ガソリンエンジンはすべてDOHC化。先代を継承したターボモデルは、大幅なパワーアップを果たすとともに「GT」というグレード名へ。写真はヘッドライトが丸目4灯になった、フェイスリフト後の「GTリミテッド」。

最後のスターレットは、1996年発売の5代目(P90系)である。スポーツモデルはより走りを追求、ノーマルモデルはより快適性や経済性の向上を目指したモデルになり、それぞれ「グランツァ」「ルフレ」と改称。スターレットが本来持つ、スポーティで経済的なベーシックカーという性格を深めた。また衝突安全ボディ「GOA」、エアバッグ・ABSの全車採用など、安全面も大きな進化を遂げていた。

1996年登場の5代目(P90系)では、スポーティ版「グランツァ」にノンターボが用意されたほか、ターボエンジンは継続してローモードを搭載した。一方、ノーマル版は「ルフレ」というシリーズ名を得ている。写真は、当時流行したレトロ風仕様で、クラシックなグリルを持つ「ルフレ・カラット」。

新たなコンパクトカーの価値を生み出したヴィッツ

そして初代ヴィッツは1999年に出現。スターレットの実質的な後継モデルである。型式はP10系で、スターレットとの繋がりを感じさせる。ボディサイズは全長約3.6mに小型化、エンジンも1Lへと小さくなり、Aセグメント車として登場した。ヴィッツは単なる安価なエントリーカーではなく、上位車種並みの快適性や操縦性を持つ「世界戦略車」でもあり、スターレットからの車名変更は、世界レベルのコンパクトカーを目指した意気込みの表れと言えた。日本だけでなく、欧州を中心に世界でもヒット作となり、日本カー・オブ・ザ・イヤーと欧州カー・オブ・ザ・イヤー両方を受賞している。主力エンジンは直4・1Lと1.3Lで、スポーツグレード「RS」には1.5Lも搭載した。

新たなベンチマークの創造というテーマを掲げ、世界の有力なコンパクトカーと戦うべく完全新設計で誕生したヴィッツ。初代・P10系は1999年に登場した。日本国内ではヴィッツの登場により車種整理を敢行、カローラII・ターセル・コルサの名前も消滅した。写真は、欧州仕様のサスセッティングを施した「ユーロスポーツエディション」。

6年後の2005年、ヴィッツは2代目にフルモデルチェンジを行なってP90系(SCP90)へ。初代の正常進化版だが、ボディは大型化してスターレット並みの3.8mほどに戻った。エンジンも1.3Lを主力としたためBセグメントにステップアップしている。特徴的なデザインを上手に引き継ぎ一体感のある外観を持つ。衝突安全性も向上していた。

2010年には3代目ヴィッツが登場。2020年まで10年間にわたって発売され、ロングセラーモデルとなった。その間、幾度か大きめのマイナーチェンジを行っており、最終的にはかなり派手なマスクを得ている。2017年にはハイブリッド版もラインアップしてバリエーションを充実した。

3代目(P130型)は10年という長いモデルライフだったため、大きめの改良を2014年と2017年に行っている。どちらもトヨタの新デザイン文法「キーンルック」を取り入れたが、2度目のマイナーチェンジではさらに先鋭化。X型の大胆な意匠となった。写真は2017年に追加された「ハイブリッド」。

駆け足だったが、ヤリスがデビューするまでのヴィッツ〜スターレット〜パブリカの歴史をたどってみた。どの世代も、買いやすく乗りやすいエントリーカーだったために、多くの人の「自動車歴」に、何かしらの記憶を刻んでいるのではないだろうか。筆者は、P80型スターレットのレンタカーが思い出深い。免許を取って間もない頃、4速MTのソレイユをよく借りていた。軽量で十分なパワーがあり、ただ運転するだけでも、とても楽しかったのを昨日のように思い出す。

巨人・トヨタを支える重要な屋台骨として、20年以上の歴史を持つヴィッツ=ヤリス。最新型は4代目を襲名する。

初代ヴィッツのように、「コンパクトカーの原点」に立ち返って開発された新型ヤリス。20年以上使われてきたビッグネーム・ヴィッツからヤリスへの変更は、世界で同じ名称を使うことによるイメージの統一だけでなく、スターレットがヴィッツに変わったときのようなクルマが一新されたことを感じさせる。新しい車名・ヤリスも、これから先も愛され続けるに違いない。

この記事を書いた人

遠藤イヅル

1971年生まれ。商経系大学を卒業後カーデザイン専門学校に入学。メーカー系レース部門の会社へ就職し、デザイナーとして勤務する。その後一般企業のデザイナーやディレクターとして働き、独立してイラストレーター・ライターとなった。実用車、商用車を特に好み、クルマの歴史にも詳しい。

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