人の生活とともに生き続けてきた里山の風景
京都から北の若狭湾をめざして鯖街道を走り始めると、30分もたたないうちに都会の喧噪は消え、深い木立に囲まれた山道になる。京都という大都市の間近にありながら、このあたりには驚くほど豊かな自然が残っている。
ただし、ここで言う自然とは手つかずのままの自然ではない。人の生活とともにあり、常に人が手を入れてきた里山の自然である。北山杉の美林、旧・朽木村周辺の棚田、そして、美山かやぶきの里などなど……。どれも心に沁み入るようにやさしい風景である。
以前、美山の茅葺き集落に住む方に、茅葺き住居が残った理由を訊ねたことがある。その答えはこんなふうだった。「この集落は暮らし向きが似たり寄ったりだったから、皆が助け合って生きてきた。だから古い茅葺きの建物も維持することができたんだよ」
ご存じの方もいるだろうが、いま大きな茅葺き屋根の葺き替えを業者に頼むと数千万円もの費用がかかってしまう。ところが、自前でカヤを集め、集落総出で作業すれば、その費用は限りなくゼロに近い。つまり、昔ながらの暮らしが続いてきたからこそ、茅葺き屋根も生き残れたのだ。
東京や大阪のように都市が巨大化しすぎると、近郊はたちまちコンクリートのニュータウンと化してしまう。その一方で、農産物や材木の消費地がなければ、手のかかる棚田や山林は維持できない。過疎地の棚田が次々と荒れ果ててしまう原因はこのあたりにあるのだ。そんな意味では、政治の中心からも、経済の中心からも外れた京都という町は、近郊の山村にとってもちょうどいい大きさだったのだろう。
若狭の海と京の都をつなぐ鯖街道に沿って点在するうつくしい里山の風景。これは千数百年におよぶ人の往来が育みつづけてきた、かけがえのない遺産と言ってもいいのだろう。
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