南アルプスエコーライン(No.054)
分断国道の迂回路の、そのまた奥を抜ける秘境の道。
南アルプスの3000m級の高峰群をときおり仰ぎ見ながら、深い森の中を走っていくと、突然視界が開けて小さな集落が現れた。標高800-1100mの尾根筋に約60戸の民家が寄り添うように建ち並ぶ飯田市上村の下栗地区である。
この天空に浮かぶ山里を「日本のチロル」と命名したのは、長野県立歴史館館長の市川健夫氏だが、筆者はつい最近までチロルではなく、チベットだと思いこんでいた。それほどまでに山深い土地なのである。
フォッサマグナの西端、糸魚川静岡構造線の上を走る国道152号には、崩落が激しくトンネルを掘り抜けないため、今なお2か所の不通区間が残っている。いわゆる「分断国道」だ。その北側の分断箇所、地蔵峠から迂回ルートに入り、さらに国道へは戻らず、しらびそ峠を越えて信州三大秘境のひとつ、遠山郷まで延びていくのが南アルプスエコーライン。天空の里・下栗はその途中にある唯一の集落である。
下栗には水田はなく、急傾斜の段々畑で作られているのはヒエやアワ、キビなどの雑穀と芋類。暮らしぶりは質素そのものだが、決して貧しいわけではない。集落の歴史も古く、『新にいなめさい嘗祭』のためのアワ穂を天皇家に献上している農家もあるほどなのだ。
遙か昔から世代を超えて受け継がれてきた山の暮らし、そして、日本の原風景が、この山里には今もしっかりと息づいている。
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