気がつけば”乗り熟していた”、空冷VWのビッグウェーブ。
ヴィンテージカーは現代車とは異なり、「窓口と出会いが肝心だ!」といわれる。それは都市伝説ではなく、出会いがどんなものだったか、誰にどんな形で紹介されたかで、そのあとに良くも悪くも大きな影響を与えるからだ。
ここに紹介するSさんのスタイルは、その実直な人柄で窓口も出会いも引き寄せた、まさにその好例だ。彼は、20年近く「シボレー・エルカミーノ」でサーフィンをしに海に通っていることで、「エルカミーノ乗りのSさん」のイメージが強い。だがそんな彼に約3年半前、新たな相棒を手に入れるチャンスが巡ってきた。
そのきっかけは、たまたま大磯で行われていたVWのイベントの会場で、’63セダンに乗ったことだった。SさんのVW熱が沸騰、そのことを尊敬するVWの先輩でもある仲間に話したことで、紹介されたのが空冷VW専門店「One Low」のオーナー、田崎政司氏だった。田崎氏も彼の想いの強さ、真剣さを感じ取り、「本気で買うなら一緒にオーバルを探しに行ってあげるよ!」と、あっという間に意気投合。忙しい合間を縫って二人で群馬、石川、広島と車探しの旅に出ることになった。
【写真9枚】愛着が増すばかり、愛車となったこだわりのオーバル
そして数か月かけてようやく広島で見つけたのが、この’56年式オーバルだ。田崎氏のお眼鏡をクリアし、Sさんの海に行く際の必須アイテム、サーフボードが車中に積める、リクライニングシートだったことが決め手となり、手に入れるに至った。
しかし、ひとつ大きな問題が……。そう、誰もが悩む問題。オーバルのみならずヴィンテージカーはすべてが、世界的に高騰し、欲しくてもおいそれとは手に入らない状況。目の前に予算の壁が立ちはだかる。それをクリアする方法として田崎氏が提案したのは、異例の”エンジンレス”で購入する策だったという。先方との折り合いを付け、積載車で広島に向かい、その場でエンジンを降ろして、積み込んで帰ってきたというから、これが相当なパワーを要したことは容易に想像できるだろう。
サーフビーグルであり、ドラッグレーサーでもあるということ
その後、エンジンレスのままでは、クルマとしての用を成さないので、Sさんたっての希望の「片道150キロ、往復300キロの海までの道のりをストレスフリーで乗れるオーバルに!」という贅沢にも聞こえるオーダーに、One Lowにあった中古パーツを集めて、1,775ccエンジンを組み上げてくれたという。そして登録を終え、いざ彼の空冷生活が始まったが、まるで昔から乗っていたかのようにあっという間に、オーバルは生活の一部として溶け込んでいったそう。
その後、つい先日までVW初心者だったSさんが、メカニカルなパーツから装飾品に至るまで、そのパーツのルーツまで掘り下げ、幅広く収集を始める。そんな中、WEBER製48IDAキャブレターを偶然発見! その頃One Lowが参加するドラッグレースにも手伝いとしてお供するようになっていたSさんは、スピードの魅力にもハマりつつあり、そのキャブレターの魅力に気がついたと同時に、48IDAを手に入れていたという。
その経緯をOne Low田崎氏に伝えると、第一声は「どうするの??? それ……」だったものの、すぐさま「本気でやるなら、一緒に作るよ!」という返事が返ってきたという。そんなこんなで、2度目の心臓移植プロジェクトがスタート!
ここでおもしろいのが、予算内に収めるために降ろしたエンジンに搭載されていたFFヘッドを譲り受け、再び同じボディに搭載することになったこと。
偶然は必然から生まれる。たしかな情報を持った人間が、たしかな人を通じてプロジェクトを進めると、スムーズに完成に至る好例だ。田崎氏は、エンジンの組み付けの要において、彼自身に規定トルクで締め込む工程を任せ、プロジェクトカーの楽しさを伝えたという。そのお陰で、完成したときから愛着は増すばかり。慣らし運転のドライブは、至福の時を過ごしたそう。
その後、もちろんというべきか必然というべきか、サーフトリップのスタートラインに着くと同時に、自動的にドラッグストリップにも並び、アドレナリンの放出先をまたひとつ発見したという。海辺とはまた異なる”命の洗濯の方法”を見つけ、人生をさらに豊かにしたのだ。
二人三脚という言葉ではとても片付けられないストーリーを目の前にし、そんな空気感が伝染して良い意味で広がっていくのだと、深く感じた。
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