コロナ禍なかりせば。例年なら3月初旬開催だが、2年連続して中止されたジュネーブ・サロンでのお披露目となったであろう、プジョーの新ロゴの発表が2月末にオンラインで行われたのは既報の通り。ところが新しいロゴというと、自動車専門のメディアでも総合・経済系のニュースでも、CI(コーポレート・アイデンティティ)チェンジの観点から語られることが多いが、ブランドののれん代がユーザーの価値観にそのまま跳ね返っていた時代ならいざ知らず、肝心なところの考察が抜けている。
ひとつ目は、フランスで会社として1810年から存在するプジョーは、昨年210周年を祝った老舗中の老舗企業であること。ふたつ目は、その老舗の針路を預かる社長とデザイナーが、年明けと昨年後半よりポストに就いたばかりの新任であること。みっつ目は、変わるのはロゴだけでなくタイポグラフィ、つまりプジョーが対外的に用いる字体と書体までもが変わる。以上の3点だ。
まず自動車メーカーとしての創業年の旧さはダイムラーに譲るとはいえ、メルセデス・ベンツ誕生に先んじたプジョーは、現存する自動車ブランドの中で世界最古。今回の発表の席でプジョーの新ロゴは数えて11代目だそうだが、非公式には歴史上、ディティール違いまで数えるともっと沢山のライオン・ロゴが存在したことは確かだ。確認したわけではないが、おそらく幹となる従来ロゴが10型で、同じ意匠のディティール違いは派生型と選り分けたのなら、今回で11種類という話なのだろう。いずれ戦前から長くても20数年、短ければ5年ほどで、プジョーは時代ごとにライオンのロゴを変えてきた。
とはいえ今回のロゴに相当近い意匠というか、その萌芽となるものが2年ちょっと前のプロトタイプに、じつは用いられていた。2018年のモンディアル、通称パリサロンにおいて発表されたEVのデザインスタディ、「プジョーE-レジェンド」が付けていたロゴのことだ。
今、あらためて見直すと、ライオンの横顔は60年代前半のロゴそのものに近い。だが、社名フォントがオリジナルのアールデコ調よりも細めで、モダンに焼き直されている。そのため回顧的でありながら旧い感じはしないのに、歴史の軸線上にきっちり乗っている感がある。
対して新たに発表されたロゴは、ライオンの顔だちがより少ない線で表現され、社名ロゴは細身のサンセリフ体に、明晰だがはっきりしたものに代えられている。この過去と近未来をミックスしたような意匠のルーツは、1960年代のロゴに見い出せるが、それをリテイクしてE-レジェンドが用いた2018年式ロゴが根本的なアイデアであったことは明らかだ。
それもそのはず、当時アドバンスト・リサーチ・デザインの責任者でE-レジェンドを手がけたマチアス・オサンが、昨夏よりプジョー・デザイン・ラボを辞してルノーに移籍したジル・ヴィダルの後釜として、現チーフデザイナーに就いているのだ。ヴィダル辞任は急だったが、アドバンスト・デザイン責任者は、PSAグループ各ブランドのデザイン部門におけるナンバー2であることが多く、彼は自分が温めてきたプロジェクトをそのまま指揮していると考えるのが妥当だ。
デザイナーの代替わりに加え、新ロゴ導入と息を合わせたように、プジョーは新社長を、同時に3月中旬にはラインナップ全体の新たなサイクルをも迎える。年初のステランティス・グループ発足に伴って、シトロエンのトップからプジョーのトップへと籍を移したリンダ・ジャクソンであり、遠からず新ロゴ第1弾として発表予定の新しい308(実質的に308III)が、その皮切りという訳だ。
ちなみに彼女は2019年、シトロエンが100周年という節目を祝った際の社長で、前プジョー社長のジャン・フィリップ・アンパラトは昨年、プジョー210周年を祝った後、ステランティス人事の1発目でアルファロメオのトップに就任した。PSAという旧グループ内を見渡すと上位レンジにDSがあるものの、プジョーは歴史的な旗艦ブランドとして君臨する。今回の新ロゴ発表は日本的にいえば、伝統芸能の襲名披露のような感覚といえるだろう。老舗が新たな代を迎え、従前の諸々を継承しつつ新たなページを開く、その意志をヴィジュアル・チェンジで示したのだ。
同時に、新ロゴのライオンの頭部に老若男女、人種を問わず多様な人々の顔が重なるというキーヴィジュアルによって、「THE LIONS OF OUR TIME(我らが時代のライオンたち)」というキャンペーンもグローバル展開される。乗り手が自己投影しやすいライオン、共通の価値観を表すトーテムというか部族意識のようなものを喚起するライオンでもある。先述のチーフデザイナー、オサンは、新ロゴをデザインするにあたって、(過去・現在・未来を)超越した時代性、パーソナリティ、そしてクオリティの3つを基軸に、「厳格な正確さを手中に収めること」をイメージしたという。リンダ・ジャクソン社長は、「クオリティとは製品としての出来映えだけでなく、クオリティ・タイム、つまりプジョーと過ごす質の高い時間のこと」と、明言する。
以上が言いっ放しでなく、カスタマーや関係者を含めて垂直的に統合デザインしているところが、プジョーの巧いところだ。これまでしばしば「エクスぺリエンス(経験)」と語られてきたカスタマーの側で感じ取るものへの配慮は、新ロゴだけでなく今回プジョー公式として採用したタイポグラフィに及ぶ。
ボールドと細字、それぞれ近未来的なようでいて温かみのあるゴシック体だが、オサンが説明に用いた例語は「SHARP(鋭い)」と「PRECIS(正確な)」だった。いうまでもなく、ハンドリングやパフォーマンスの上でプジョーがつねに目指してきたアウトプットそのものだ。電動化ラインナップを揃え、オンラインで車を販売する時代に入っているのは、プジョーとて同じ。EVやPHEVとICEが混在し、状況に応じて動力源やエネルギー源、適材適所の制御が変わる電動化の時代、クルマはもしかすると分かりづらいプロダクトになりつつある。そこで公式サイトやニュースリリース、カタログやディーラー店舗というすべてのプロセスを一貫性あるものにすること、ようは縦串を刺すことで、伝わり方やエクスペリエンスや印象、その質を変えるという意志の表れだ。アルファベットの欧文でない日本語環境では、その効果や影響はやや限られるかもしれないが、プジョーがよりプジョーらしいクオリティを意識して進化するという、大いなる予告篇といえた。以上がどう落とし込まれているか、近日中に発表を控えるニュー308に要注目といえるだろう。
この記事を書いた人
1971年生まれ、静岡県出身、慶應義塾大学卒。ネコ・パブリッシング勤務を経てフリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・男性ファッション・旅行等の分野において、おもに日仏の男性誌や専門誌へ寄稿し、企業や美術館のリサーチやコーディネイト通訳も手がける。2014年に帰国して活動の場を東京に移し、雑誌全般とウェブ媒体に試乗記やコラム、紀行文等を寄稿中。2020年よりAJAJの新米会員。
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