アウディは今、地球温暖化を抑制するためのカーボンニュートラル実現に向けて、BEV(Battery Electric Vehicle=バッテリー型電気自動車)のe-tronを中心に取り組みを加速させていますが、その一方で、あとどのくらいその魅力が堪能できるのであろうか? と少し心配にも思う、アウディ独自の技術を極めた“直列5気筒エンジン”やラリーで鍛えられ歴史と定評のある4WDの“quattro(クワトロ)”、そして、走りの最高峰である“RSシリーズ”といった官能的で従来からの”クルマ本来の魅力”をたっぷり味わせてくれるモデルもラインアップしています。
今回は、その中から走りの実力を表す一つの指標とも言える、ドイツのニュルブルクリンク・サーキットでコンパクトクラス最速を競っているAudi RS 3 Sedan(セダン)について、その圧倒的走行パフォーマンスを生み出すメカニズム、デザインや日常における存在といったセダンとしての基本性能を軸にご紹介したいと思います。
アウディにおけるRSシリーズの位置付け
始めに“RS(Racing Sports=レーシング・スポーツ)シリーズ”が、アウディのブランドの中でどのような位置付けにあるのか? についてですが、ベーシックモデルのA(Audiの頭文字、ものごとの始まりや世界で最も魅力的なヨーロッパ車という想いを込めたAttractive=魅力的に由来するとされる)と標されるシリーズ、次にAよりもスポーツモデルとして位置づけられているS(Sports=スポーツ)と標されるシリーズ、そして、さらにスポーツ性やパフォーマンスの最も高いモデルがRSシリーズです。
RSシリーズと近しいブランドポジショニングの例として、メルセデスAMGやBMW Mといったブランドが挙げられますが、各ブランドにおいて最もスポーツ度の高いパフォーマンスモデルの位置付けにあるため、世界最速のクルマを評価する一つの指標と言っても過言ではないニュルブルクリンクのノルトシュライフェ(北コース)で、それらのブランドは速さを競い合ってきました。
その中で、アウディのRS 3セダンは2021年8月3日にラップタイム7分40秒748でコンパクトクラスとしての新記録を樹立しましたが、その後、2023年8月31日にBMW M2が7分38秒706のラップタイムを出して記録が更新され最速の称号を一度は奪われたものの、2024年6月21日に今度はRS 3セダンの次期モデルが7分33秒123のラップタイムをたたき出して、再度、BMW M2の記録を5秒以上も短縮して最速の称号を手にしています。
RS 3セダンの次期モデルの詳細は現段階で判明しておりませんが、今回、ご紹介する現行モデルの圧倒的なパフォーマンスを正常進化させて、さらに磨きあげられていると考えられます。
いずれもライバルが存在するから競い合い、技術が切磋琢磨されて進化していくという良い競合関係にあると言えます。
スタイリッシュで伸びやかなプロポーションと快適性の高い後席
RS 3セダンはベーシックモデルのA3セダンをベースにスポーツ走行に向けて強化された言わばA3セダンのエボリューションモデルですが、優れたベースモデルの素性的ポテンシャル、特に強靭なボディや各レイアウトのバランス良いパッケージングに心を刺激するパワフルなエンジンを組み合わせることで、RSシリーズとしての圧倒的パフォーマンスが実現されています。
サイズ的には、いわゆるコンパクトカークラスに属していますが、このクラスにありがちな少し前後が詰まった言わばずんぐりといった感じがしない、スタイリッシュで伸びやかなプロポーションを持っていて、一見すると凄まじいパフォーマンスを持つクルマには見えないのですが、フロントのハイグロスブラックのカラーによるハニカムデザインの力強いシングルフレームや大型のエアダクト、サイドに設けられたエアベント、そして、大径ブレーキや幅が広くて偏平率の低いタイヤといったディティールを見ていくと、その秘めたる走行ポテンシャルを感じさせてくれます。
特に試乗車はビビットで明るい“キャラミグリーン”であったためカラーによるインパクトも大きく、より一層にRS 3セダンのキャラクターを際立たせていると感じました。
一見するとスタイリング優先で室内の居住空間が狭いのでは? と想像するエクステリアデザインですが、実際に乗り込んでみるとフロントはもちろんリアもヘッドクリアランスを含め、大人4名が乗るのに十分なスペースが確保されていて(定員は補助的な後席センターシートを含めて5名)、前後席共にホールド性が高く厚みがあってクッション性の高いシートにより、引き締まった足回りでも快適な乗り心地を実現しています。
居住性やユーティリティーの面では、前席は必要にして十分なスペースが確保されていて、視認性が高く適度にスポーティーなインパネからつながるエッジの効いた、直線的で未来的に思えるカッコいいデザインのダッシュボード周りは見切りも良く、意外に重要なカップホルダーの位置も使いやすい場所にあるのでストレスの無い快適なドライブが可能ですが、タッチパネルについては操作自体や階層に慣れが必要かもしれません。
一方、後席は前後長がきちんと確保されていて、少し包まれ感があるものの視界は良好で、カップホルダーが中央に配置されたリアセンターアームレストも実用性を備えており、後席におけるドライブ時の課題であるリアタイヤと近いことによる突き上げもRSというポジショニングから想像するよりもずっとマイルドで乗り心地が良いため快適性は高いです。
そして、ラゲッジスペースも必要にして充分な広さを持っていて、さらにリアシートを倒してのトランクスルーも可能なため長尺物も積載でき使い勝手も良く、実用セダンとしての資質をきちんと兼ね備えています。
さらにBang & Olufsen 3Dサウンドシステム(オプション)がクリアで澄んだ高音を響かせて心地良いドライブを提供してくれたり、RSロゴのドアエントリーライトが夜間の足下をドレスアップしてくれたり、ユーザーにとってカーライフにおける総合満足度は高いと思われます。
アウディの底力を感じるバランスの取れたパフォーマンスセダンの走り味
RS 3セダンを走らせ始めてすぐに感じるのは、マニュアルギアボックスをベースに2組のクラッチによって、緻密に制御される7速のSトロニックによる走り出しが想像していた以上にスムースで、引き締まった感じはあるものの適度にダンピングが効いて、突き上げの少ない乗り心地をフロントがマクファーソンストラット、リアがウィッシュボーンというサスペンション形式が実現、セダンの真骨頂とも言える安定感と快適性の高い走り味から、シートを始めスポーティーな設えの空間の中でもリラックスした感覚を覚えます。
走行時のエンジンやトランスミッションといったパワートレインのマネジメントは緻密で、アイドリングストップ状態の停止中に前方のクルマがスタートするとエンジンがかかり、スムースに走り始めることができます。
また高速巡行時(100km/h)のエンジン回転数は1800rpmほど(7速)で穏やかにエンジンが回り、Efficiency(エフィシエンシー)モードではアクセルを緩めるとエンジンと駆動系が切り離れることで燃費に効果のあるコースティング機能も搭載していて、エンジン回転数700rpm程度のアイドリング状態でエンジンブレーキによる抵抗が無くなり惰性で走行することが可能です。
RS 3セダンのスペックでとても特徴的なのが、リアよりもフロントのタイヤサイズが大きいところで(フロント=265/30R19、リア=245/35R19)、フロントにエンジンが搭載され、フロントのタイヤが操舵も駆動も担うFF(Front Engine Front Drive=フロントエンジン、フロントドライブ)をベースとする4WDのクワトロなので、走行パフォーマンスを総合的に考慮すれば設計としてリーズナブルであると考えられます。
走りの絶対的パフォーマンスはニュルブルクリンクでクラス最速を争うクルマであるため疑う余地はないですが、日常の速度域でもステアリング操作からイメージ通りにノーズがスッと向きを変えていき、実際にステアリングに伝わる感覚としては、フロントタイヤのサイズがリアタイヤのサイズより大きいこともあって、昨今のFF車以上にフロントタイヤによる操舵感や駆動感を感じますが、フロントタイヤサイズが大きいことを思えば妙に納得して安心できる感覚で、巧みに全輪の駆動を制御するクワトロということもあって4WD特有のぎこちなさを感じさせないナチュラルなフィーリングです。
今回の走行中、たまたま急転した天気によって豪雨のシチュエーションがあったのですが、そういった時のクワトロの安心感は絶大で、昨今の集中豪雨が多い日本においては頼りがいがあり、運転に油断は絶対禁物ですが安定した走行をサポートしてくれます。
エンジン型式DNWと称される2.5L直列5気筒DOHC 4バルブTFSI(Turbo Fuel Stratified Injection=過給器を装着した直噴システム)インタークーラー付ターボエンジンは、最高出力が400PS(5600~7000rpm)、最大トルクが500N・m(2250~5600rpm)という圧倒的スペックを誇り、0-100kmを3.8秒で駆け抜けますが、低回転域からトルクフルでターボラグもほとんど感じさせず、極めてコントローラブルに最高出力を発生する高回転域までスムースにふけ上がり、フルスロットルではSトロニックによって6800rpm付近でクイックに自動でシフトアップしていきます。
アクセルを踏み込んだ際に、4000rpmぐらいから直列5気筒ならではのビートの効いた独特のパワー感のある音が聞こえて来て、やはり、4気筒とも6気筒とも違うなと感じられる希少で魅力的なエンジンの価値があると感じます。
日本の自動車メーカーでも、かつてはホンダが直列5気筒のエンジンをラインアップしていて、その独特のビート感のある音には定評がありましたが、そのあたりは共通していると感じます。
そもそも直列5気筒エンジンのメリットは、(同一の総排気量であれば)アクセルワークに対する4気筒のパンチ力と6気筒のふけ上がりのスムースさの中間を理論上とるところや独特のフィールにあるのですが、根本的に1気筒あたりの排気量の最適化を図った上でクルマ全体のパッケージ(特に重量)を考えて、加速性能に直結する出力を生み出すエンジンの総排気量をどのくらいにするか? を定めると5気筒がベストとなるケースが必ず存在します。
ただ直列5気筒エンジンは1次と2次の偶力振動が発生するので、振動面でほぼ完全バランスする直列6気筒に対して劣ることや、V型6気筒や直列4気筒に対してエンジンの全長が長いので積載性で劣ることなどから、積極的には採用されておらず事例は少ないです。
では、どういった側面からRS 3セダンへ直列5気筒エンジンが採用されるに至ったのか? を推定すると、先ずはエンジンのフロントへの積載性がクリアされていて、走行パフォーマンスに直結する車両重量と重心位置が各種要件を満たし、出力やフィーリングと言った面で直列5気筒が最適であると導き出され、開発や生産の制限もクリアして、或いは制限を変更してでも必要性があると判断されて採用されていると考えられます。
さらにセダンとして要求される快適性もきちんと検討されていて、静粛性を考えていることがボンネット裏の防音対策からも伺うことができ、RS 3セダンはクルマ全体のパッケージ面から直列5気筒エンジンがベストであると判断されて、さらにフィール面でもオリジナリティを持っていると理解できます。
ハイパフォーマンスと優れた環境性能を両立させる先進技術
RS 3セダンには、アウディが誇るクワトロ(4WD)技術の最先端と言っても良いRSトルクスプリッターが装着されていて、電子制御湿式多板クラッチによってエンジンのトルクを最適に前後へ配分するだけでなく、後輪左右のトルク配分も自在にコントロールすることができて、最大1750N・mものトルクを各ホイールへ伝達します。
通常のデファレンシャル(ギア)の場合は内外輪の回転差を調整するために、内輪の余剰なトルクをキャンセルするのですが、RSトルクスプリッターの場合には内輪の余剰なトルクを外輪へ配分することで、効果的に効率良くトルクを伝えられることが特長として挙げられ、これを実現するにはセンシングから制御介入に至るまで素早く緻密に制御する高い技術が要求されます。
また巡行時には後輪側のクラッチを切って前輪駆動とすることで駆動に関わる抵抗を減らして燃費向上にもつなげているようです。
走行パフォーマンスの向上に向けて、技術的には駆動力(=動力源トルク×減速比×最終減速比×動力伝達効率/タイヤ半径)をタイヤのグリップ力やエンジンのトルクカーブといった特性、性能要件を鑑みて調整していき、ロス(損失)そのものである動力伝達効率を如何に向上させていくか? がポイントですが、この点でもラリーで鍛えられてきたクワトロというアウディ独自の4WD技術は最高峰の技術を持ちあわせていると考えられます。
アウディのRS 3セダンにおいては、走行パフォーマンスを高めるために、タイヤのグリップ(摩擦)力を高めるためにサスペンションが適切に機能することや、それを支えるための高剛性ボディといった基本性能が高いことはもちろんのこと、クワトロという駆動力配分の最適化を図る独自の技術が類稀なるパフォーマンスを支えているとアウディの底力を感じました。
〔Audi RS 3 Sedan主要諸元〕
全長×全幅×全高=4540×1850×1410(mm)
ホイールベース=2630(mm)
総排気量=2480(cc)
最高出力=294(kW)=400(PS)/ 5600~7000(rpm)
最大トルク=500(N・m)=51(kgf・m)/ 2250~5600(rpm)
駆動方式=4WD=quattro(クワトロ)
タイヤサイズ(フロント、リア)=265/30R19、245/35R19
車両重量=1600(kg)※パノラマサンルーフ装着車は+20(kg)
メーカー希望小売価格(消費税込み)=¥8,490,000~
参考リンク)
アウディ・ホームページ
https://www.audi.co.jp/jp/web/ja.html
アウディ RS 3セダン
https://www.audi.co.jp/jp/web/ja/models/a3/rs3_sedan.html
アウディ RS 3セダン プレスリリース
https://www.audi-press.jp/press-releases/2021/b7rqqm000001hpcp.html