マクラーレンの純エンジンスーパースポーツである、750Sの国際試乗会がポルトガルにて開催された。先代の720Sを徹底的に分析し、マクラーレンの中で最も軽量かつ最もパワフルな量産モデルに仕上がっているというその出来栄えはいかに!?
圧倒的な進化を果たした空力特性と軽量化
マクラーレンの市販車部門を統括するオートモーティブ部門のストラテジーは、台数的伸長を伴う成長過程で、時流をみながら少しずつ軌道修正されてきた。
10年前であれば、価格や性能に沿ったアルティメイト/スーパー/スポーツというわかりやすい三軸が基本編成だったところを、現在はパワートレインの電動化戦略やGTのようなマルチユースなクーペの登場により、スポーツに代わってライフスタイルGT的な括りがひとつの軸となっている。
となると、PHEVのアルトゥーラはその双方を股にかけているという見方も出来るだろう。対して、この新しい750Sはバリバリのスーパー系物件、量産最速のマクラーレンということになる。
形状からもおわかりの通り、ベースとなったのは720Sだ。車台の核となるカーボンタブのモノケージⅡも継承、前後クラッシャブルゾーンやサスペンションなどは総てアルミ材で構成されるなど、シャシー回りの骨格もキャリーオーバーしている。マクラーレンによると、720Sから750Sの変更点は部品レベルで約30%に及ぶという。
それはフルモデルチェンジというよりもビッグマイナーチェンジのようなものではと思われる方もいるだろう。確かにゴルフでいえば5から6、あるいは7から8のようなスタイルの刷新は近頃、普通のクルマでも多い。意匠的にガラリと変える必要に迫られていないのであればそのぶん中身の進化に全力を注ごうというわけである。750Sもいってみれば、そういう道を選んだともいえるだろう。
アウターでは前後バンパー回りや面積を20%拡大したカーボン製リアウイングなどの形状変更が目につくところだ。これらは最新の空力解析技術や765LTの開発で得られた知見などを織り込んだもので、お化粧直し的な要素はまったくない。ちなみにその効果は720S比で15%のダウンフォース向上にも現れている。
フロア下回りのダウンフォース向上を狙ってハイマウント化されたエキゾーストシステムから放たれるサウンドは、750Sの隠れた進化点のひとつだ。濁音成分が抑えられ高音成分がエンハンスされたそれは、今までのマクラーレンとはひと味違ったクリアなハイトーンを響かせる。マテリアルはステンレス製だが、形状や取り回しを工夫することで720S比で2.2kgの軽量化を果たしている点もポイントだ。
と、空力特性に並ぶ750Sの改善点のひとつが、その軽量化である。10kg超の減量に寄与するシートやホイールといった大物に始まり、アルトゥーラの流れを次ぐダッシュ回りやフロントガラス、リアスポイラーや後述のプロアクティブシャシーコントロールなど微に入り細を穿つ重量の軽減が施され、結果クーペの乾燥重量で1277kgと、720Sに対して最大で30kgの軽量化を実現。そもそもマクラーレンはライトウエイトデザインを大前提にクルマを作っているが、750Sの場合、恐らく直接的なライバルに対しては100kg近く軽いということになるだろう。重量と空力という2つの方向性を軸に立てている辺りは、いかにもレーシングエンジニアリングの延長を感じさせるところだ。
タウンライドでの快適性と洗練された乗り心地
コクピット環境はアルトゥーラの開発で得られたノウハウやデザインを色濃く受け継ぐ最新のものだ。が、ステアリングの握り径の細さや形、パドルシフトのタッチやクリック感、ウインカーレバーの位置形状といったところは以前からのものをしっかり守っている。一方で、シャシーやトランスミッションのモード切り替えは走行中でも扱いやすいよう、メーター左右の大型化されたノブが設けられるなど、あくまでユーザビリティを軸とした変更がみてとれる。
エストリルサーキットで試乗したクーペがみせてくれたのは、コーナーからコーナーへの加減速の繋がりの良さやビタッと安定した直進性、加速や制動時の姿勢の良さ、それらが相まっての唖然とするほどの速さだった。ストレートエンドでの最高速も未踏の領域だったが、そこからの減速時の姿勢の安定感が心に余裕をもたらしてくれるおかげで、アクセルを早く踏んでいくことが出来る。750Sはそういうドライビングに合わせこむようにギア比を変更、最高速を若干落としながらも瞬発力ははっきりと高められているから、そのツボを巧く引き出せればプラス30psという額面以上のポテンシャルアップが体感できるはずだ。そしてもちろん、その速さに効いているのは軽さと空力でもある。
これほどの運動性能を支えながら、タウンライドではお見事な快適性をみせるのがプロアクティブシャシーの凄いところだが、750Sではそのシステムが第3世代へと進化。スパイダーで体験した市街地での試乗では、その乗り心地がスーパーカーカテゴリーとは思えないほど洗練されていることに驚かされた。目地段差から大きな凹み、ガサガサにひび割れた舗装面など、刻々と変わりゆく路面にダンピングは従順に即応し、フラットに路面地を捉え続ける。
一方で、ワインディングを気持ちよく走るくらいのペースでも旋回状態が車体姿勢を介して伝わってくるなど、クルマの動き自体に饒舌さが増したところもプロアクティブシャシー3の大きな進化点だ。低速からでもクルマと対話しながら共に乗れているという充実感、これはカテゴリーを問わず、公道を走るクルマとして大事なところだと思う。
750Sはマクラーレンのクルマづくりの執念がもたらした快作だ。わずか十幾年のキャリアをもって、ここまでの高みに上り詰めた事実には感心するしかない。
【SPECIFICATION】マクラーレン・750Sクーペ
■車両本体価格(税込)=39,300,000円
■全長×全幅×全高=4569×1930×1196mm
■ホイールベース=2670mm
■トレッド=前:1680、後:1629mm
■車両重量=1277kg
■エンジン形式/種類=M840T/V8DOHC32V+ツインターボ
■総排気量=3994cc
■最高出力=750ps(552kW)/7500rpm
■最大トルク=800Nm(81.6kg-m)/5500rpm
■燃料タンク容量=72L(プレミアム)
■トランスミッション形式=7速DCT
■サスペンション形式=前後:Wウイッシュボーン/コイル
■ブレーキ=前後:Vディスク
■タイヤ(ホイール)=前:245/35R19、後305/30R20
MTC(マクラーレン・テクノロジー・センター)/MPC(マクラーレン・プロダクション・センター)訪問記
マクラーレン・オートモーティブの誕生は’10年のこと。そして’12年に同社として初のプロダクトとなるMP4-12Cをリリースする。そこから数えるとまだ10年余の若い会社ではあるが、順調に販売台数を伸ばし続け、’21年には専用工場を建てるに至った。研究開発拠点となるマクラーレン・テクノロジー・センター=MTCとは、地下鉄の構内のようなトンネルで結ばれ、隣接するそこはマクラーレン・プロダクション・センター=MPCと名付けられている。
MPCで生産される台数は日産15台前後。550人のスタッフが2交代制で働く。ちなみにマクラーレンの標準的なプロダクトの生産に要する時間は1台あたり25日前後になるという。印象的なのは工程のほぼ全てが人力によるものということ。英国のハンドクラフテッドに対する拘りが見え隠れする。
一方で開発の側はDXが積極的に用いられており、その範疇は車両の空力解析を含めた形状決定から、ビスポークマテリアル開発といったデザイン部門における幅広い領域に及んでいる。高性能のみならず、優れたクラフトマンシップを手に入れる、マクラーレンを買うという意味合いはそういう方向にも広がっている。
問い合わせ先=マクラーレン東京 TEL03-6438-1963/マクラーレン麻布 TEL03-3446-0555/マクラーレン名古屋 TEL052-528-5855/マクラーレン大阪 TEL06-6121-8821/マクラーレン福岡 TEL092-611-8899/マクラーレン広島 TEL082-942-0217