昔、はじめて認識したセブンはシリーズ4だったという貴方、それはもしやニチモのプラモデルか、はたまたマッチボックスのミニカーの記憶? そんな1970年代に咲いた徒花は、今では貴重な歴史の生き証人でもある。
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追憶の1970年代
いきなり個人的な思い出話で恐縮だが、自分にとって”1970年”の記憶といえば、大好きだったマッチボックスのミニカーの変節振りがまず思い出される。1950年代に英国で生まれたマッチボックスといえば、自国の乗用車や商用車を中心にラインナップを展開していたミニカー・ブランドで、その全長3インチ程度の小さなサイズと手頃な価格は、当時の少年達にとっては最も馴染み深いミニカーと言えた。
ところが1969年にアメリカの大手玩具メーカー、マテル社がそれまでのミニカーとは全く異なるコンセプトで『ホットウィール(当時はホットホイールと表記されていた)』をデビューさせると、状況は一変。派手なカラーリングと、ビュンビュン良く走る足まわりを備えたホットウィールは大ヒット、世界中の多くの少年達のココロを鷲掴みにしたのである。慌てたマッチボックス陣営は、それまでの素朴で味わいのある作風から、ホットウィールを模したラインナップヘと舵を切り、結果的に迷走を始めるのであった……。
なぜそんな事を思ったかというと、ロータスがセブンのシリーズ4をデビューさせたのも、そんな”1970年”だったから。シリーズ3から4になったセブンの”フルモデルチェンジ”振りは、ご存知の通りアメリカ西海岸を起点に爆発的にブレークしたバギーの影響を抜きには語れない。さらに言えば、当時のマッチボックスはシリーズ4セブンを製品化しているのである。まさに”アメリカ的なもの”が、旧き佳き欧州の価値観を駆逐した……? 大げさに言えば、当時のクルマ(とミニカー)好き少年は、そんな皮膚感覚すら感じたのである。
あれから半世紀。ご存知の通り、セブンはシリーズ3をベースとしたケータハムへと”正常進化”を遂げ、今なお現役。そんな現在だからこそ、あの時代にしか生まれ得なかった1台、今なお歴史の波間にたゆたう、セブンのシリーズ4と付き合ってみたいと思う今日この頃。サイドスクリーンにはスライド式の窓も備わり、居住性も十分。『シリーズ4セブン』というよりも、『ロータス60』という個性と暮らすという選択肢。”1970年代の少年”としては、そこに大いなる魅力と郷愁を感じるのである。
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