輸入車の中でも特に国内マーケットで重要なモデルは、日本独自のCMやキャンペーンを打ち出すという。多くの人へクルマの魅力を伝えるために、アイディアを生み出し実行する−。そんな仕掛け人たちの声に耳を傾けた。Part1はBMWの井上朋子氏だ。
BMWへの入り口はポップでも伝えたいのはBMWらしい運転の楽しさ
BMWを欲する人はクルマ好きのイメージがある。“駆けぬける歓び”なんてドンズバなスローガンを打ち出して、走りにトコトンこだわった一連のモデルは、確かに既存のクルマ好きの心をノックアウトしてきた。かつて、輸入車のハードルが今よりずっと高く、日本人の舶来品至上主義が色濃かった時代なんて「BMWはBMWであるだけ」でよかったし、そこに絶対的な吸引力があった。
しかし、価値観は多様化し、クルマに求めるニーズも年代や性別、考え方によって多種多様な昨今だ。BMWの平均ユーザー層は50代前半だと聞く。酸いも甘いも噛み分けた熟練のクルマ好きに指名されることをBMWジャパンとして常に誇りに思いつつ、しかしブランドを継続的に発展させるためには、新たなユーザー層を取り込まなくてはならない。そこで大胆なアプローチに打って出たのが、2019年8月末に発売された新型1シリーズのプレゼンテーションである。
それが「天才バカボン」をリメイクしてイメージキャラクターに据える、CMや各種広告、イベントのアプローチだった。颯爽とワインディングを走って、時にドリフトを伴うスポーツドライビングを訴えてと、とにかくクールに走りの魅力を際立たせてきた既存のアプローチとはまるで異なる。キャラクターのユニークさもさることながら、CMを筆頭とするヴィジュアルに走りを予感させるものは皆無だ。パーキングアシストやリバースアシストの利便性を訴えながら「うちのクルマは天才なのだ」と締めくくる。こんな大胆なアプローチ、よくBMW AGが許したものだとコチラが心配してしまうほどぶっ飛んでいるが、一連のプロジェクトを担当した井上朋子さんは胸を張っていた。
「もともとBMWは、男性を中心にクルマがお好きで、走りに一家言ある方々には好評を得ていました。今回は、30代以下のファミリー層や、特に女性に対して、もっとBMWの魅力を知っていただきたいと考えました。そこで天才バカボンを筆頭とする一連のコミュニケーションを提案しました。エントリーモデルの1シリーズはそれにふさわしい存在ですから」
老若男女問わず認知度が高い天才バカボンを起用し、その家族構成こそが1シリーズのターゲットだと考えて、一連の作品を創り上げた。単に漫画(アニメ)を流用するのではなく、外国人俳優を使ってアメコミ風(ハリウッド映画風)としたのもアイディア賞だ。リアルタイムで天才バカボンを知る層は、郷愁を覚えつつも斬新な面白さを感じ、ターゲットである若年層や女性にとっては、とてもユニークな作品と映るだろう。
「子供の頃に天才バカボンを見ていた層は、想定ターゲットよりも上の年齢であることはわかっていました。それでもあえて日本の伝統芸を現代風にリメイクして、“世代じゃないけどバカボンは知ってる。オシャレなバカボンになってる、面白い!”ってザワついてくれたらいいかなって」
実際、消費者の反応は二極化した。「イイネ」という意見は多かったが、否定的なコメントだってないわけではない。旧き良きBMW像を絶対と捉える層にはポップ過ぎるのか。でも、賛否両論あることこそが注目されている証だ。アピールが薄ければ誰からも認知されないし、意見も生まれない。そうした意味では、施策は成功だったと思える。ちゃんと「ザワつかせて」みせたのである。
「CMでは高い好感度をいただきました。ヤングファミリーや女性層からの評判がよかったので嬉しく思います。私自身、以前の1シリーズを愛車として共に過ごし、BMWが標榜する“駆けぬける歓び”には感銘を受けています。それをストレートに伝えたいですが、まずはBMWという存在を知っていただくという意味で意義のあるコミュニケーションでした」
今までは「クルマ好きの旦那さまが、奥さまを始め家族を説得してBMWを手に入れる」という図式が一般的だったが、今度の1シリーズは違う。最初に奥さまや子供が興味を抱き、逆に旦那さまを説得してファミリーカーとする。そんな流れを助長するような施策である。BMWジャパンとしては異例の取り組みだったが、その思惑は成功しているようだ。
「1シリーズに限らず、ラインアップのエントリーモデルに相当する車種、グレードに関して、これからも同じような施策で日本の皆さまへと訴え続けたいと思っています。その上で、BMWが貫く走りへのこだわり、ドライビングの一体感などにフィーチャーして、その上に成り立つ運転の楽しさ、そして安全性などに訴求するような形ができればいいですね」
井上さんのような発信者がいれば、日本のBMW像は変わっていきそうだ。より身近な感覚で、積極的にその資質や性能を味わいたいと思える存在になるだろう。自信を持って今回のコミュニケーションができたのも、BMWに一貫した哲学と品質が宿るからこそ。そして、彼女がそれを心底理解するからでもある。根っからBMWの“駆けぬける歓び”命のお方にとっては、今後、ご家族をはじめ周囲を説得する際の労力が減りそうなのもメリットかもしれない。
ともあれ、日本で広く親しまれてきた天才バカボンと共に発信された1シリーズは、同様に幅広い層に愛される資質を持つ。たとえ入り口はバカボンファミリーが自慢するパーキングアシストであっても、共に過ごすうちにBMWの“駆けぬける歓び”に魅了され、積極的にステアリングを握りたくなるはずだ。裏地に潜む自動車としての高い性能があるからこそ「うちのクルマは天才なのだ」と胸を張って言えるのである。
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