高級車は売れるが、値段が上がる!?
アメリカ大統領選挙といえば、その昔は政治信念とリーダーシップが争点であり、そこでどちらが高く評価されるかを競う投票だった。しかし残念なことに今回は様相が違い、まるでワイドショーの芸能ネタのようにゴシップばかりが報道されている。アメリカの有権者は「どちらの候補が不適格か」という尺度でみて、マシな候補者を選ばなくてはならないという、昔流行った「究極の選択」系ジョークのような、やや不幸な状況に置かれているようだ。
それはさておき、本稿では米大統領選の勝者がどちらになるか? によって、自動車産業にどのような影響があるのかについて考えてみたい。今回はまず、共和党のドナルド・トランプが大統領に選ばれたらどうなるか、という話。ドナルド・トランプは排他的ナショナリスト、差別主義者、直情的言動という評価の人物だが、政財界や官僚との繋がりの薄い人物なので、大統領就任後の閣僚や公的機関トップの人事は政治のプロである共和党首脳部主導で行なわれるだろうから、まさか彼の「放言」通りの奇策が実行されたりはしないはずだが、とりあえずこれまでの発表をベースに問題点を挙げてみよう。
まず難民・移民政策での排他主義。現在世界で寛容な政策をとるのはもはやドイツとカナダくらいで、ブレグジット(EU離脱)後の英国に続いて、新大統領によって米国までが入境締めつけを行なえば、世界各国でドミノ倒し的に難民受け入れ環境が悪化し、テロ・紛争・社会不安が深刻化するだろう。現代史だけをみれば、紛争や社会不安が経済活動におよぼす影響は意外に小さいのだが、これ以上深刻化が進んだ場合にも影響は少ないと予測するのは楽天的にすぎるのではないか。
ドナルド・トランプの貿易政策は従来の共和党的「自由貿易主義」とは明らかに異なる。とにかくすべての貿易協定は米国産業に有利となるように見直しが必要で、不利益とみえる協定は破棄すると主張している。不利益とみえる……というのは、具体的に中国やメキシコの名前を挙げていて、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)反故はもちろん、NAFTA(北米自由貿易協定)さえも見直すと言っている。欧州や日本の自動車メーカー・サプライヤーはリスク管理が上手いのだが、NAFTA前提で北米における水平分業生産体制を敷いているので、米国・メキシコ・カナダ間がギクシャクすると影響が出るやもしれない。
税に関しては共和党一流の「小さな政府」路線であり、減税方向に進む。自動車産業にとっても消費者減税や企業減税は好ましい。とりわけメルセデス・ベンツ、BMW、アウディ、レクサスなどのプレミアムカーは減税によって売上が伸びる傾向にある。しかし全体的には現状でも販売は堅調であり、消費者減税がすぐさま総需要の拡大に繋がるわけではない。自動車販売に影響が大きいのはむしろ石油価格で、これにより自動車産業は「売れ筋が小型車になるか大型車になるか」という変化への対応を迫られる。
近頃話題の自動運転やエコカーの普及はどうなるか? これはドナルド・トランプが大統領になっても現在のトレンドに影響は少ない。なぜなら所轄官庁のトップは共和党色に変わるだろうが、もはや方向性は変わらないため。ただし環境政策やエネルギー政策の担当省庁は、減税の見返りとして予算が縮小されるというのが共和党政権の常。とはいえこれは自動車産業に大きく影を落とすものではない。
文:竹平 誠(モータージャーナリスト、近未来技術エバンジェリスト)
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