まず犠牲になるのは韓国メーカーか
ポピュリズムと扇動政治の台頭が、民主主義の基盤を危うくしている。イギリスのEU離脱=ブレグジットに続き、ドナルド・トランプが米国の次期大統領に決まるという“ワンツーパンチ”は、英国・米国民(そして企業も)にとっては自ら招いた厄災ともいえるが、とばっちりを受ける諸外国にはまったく迷惑以外の何物でもない。
とはいえ決まったことは覆らないので、とりあえずここでは自動車業界にとってのトランプ・リスクについて考えてみたい。まず自由貿易協定(FTA)関連。トランプ氏はNAFTA(北米自由貿易協定)をはじめとする各国との貿易協定を見直し、米国製造業の収益と雇用を改善する方向にシフトすると公約してきた。2国あるいは多国間の協定を一方的に反故にするという横紙破りな主張だが、困ったことに制度的にはそれが可能なのだ。
多くの自動車メーカーはNAFTA域内、とりわけ生産コストの低いメキシコで生産ラインを拡充してきた。例えばアウディの北米におけるドル箱である「Q5」は新型から全面的にメキシコ生産だし、日産やトヨタもメキシコ生産のウェイトを増やす青写真で計画を進めてきた。各社とも米国内にも生産ラインがあるわけだが、ウェイトをシフトしようと進めてきた経営戦略からみれば、貿易協定の見直し(つまり関税ゼロ特典の喪失)は大問題である。
メルセデス、BMW、ホンダはNAFTA体制への依存が大きくはないが、それは本体組立の話で、部品サプライヤーは影響を受けるところも多く、影響がないわけではない。失地回復に全力を上げるフォルクスワーゲン(VW)は新型SUV「アトラス」を機に米国工場の拡充を図ったので、ここはまずセーフ。ただ、なにしろ海外メーカーだけでなく米国の地場自動車産業さえメキシコへの工場進出が目立つこのご時世に、いまさら関税を蒸し返しても米国産業の助けになるとは考えにくいし、共和党自体は自由貿易路線を推してきているので、トランプ氏の暴走をある程度抑制する動きに出るのは間違いない。FTA関係で冷水を浴びそうなのは韓国で、これまではFTAによって北米生産に大きく依存することなくシェアを伸ばしてきたが、欧州や日本のメーカーに比べるとリスク分散ができていないところが痛い。
米国が貿易赤字を抱える最大手は中国だが、中国相手に懲罰的関税で戦いを挑むのは現実的ではない。中国で米国ブランド車の排斥運動を起こされたら、トランプ氏が守ろうとしている米国自動車産業を支えている最大利益部門(中国部門はずっと好調なのだ)を傷めつけてしまう。トランプ氏が公約実行をみせるための餌食と予想されるのは、やはり韓国の自動車メーカーかもしれない。米国生産に頼らずFTAの恩恵で成長してきたし、米国との貿易収支的にもターゲットにされやすい存在といえる。