トランプを追従する保護貿易主義はどこまで本気か
政界で長いキャリアを持つヒラリー・クリントンは、いわば生粋のプロ政治家だ。大統領となるための経験でいえば彼女と肩を並べる者はいない。しかし、性格が悪いだの嘘つきだの健康不安があるだのと、これほど悪口をいわれる大統領候補もまたいない。個人的には性格が悪いとか嘘つきとかいう評判は政治家にはつきものだし、対立候補よりは断然マトモだと思うのだが……。
さてこのクリントン候補が次期アメリカ大統領になると、自動車業界はどのような影響を受けるのだろう。選挙戦ではTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に反対し、CAFTA(中央アメリカ自由貿易協定)にも疑問を投げかけて国内産業保護色を打ち出し、対立候補とのポピュリズム合戦を繰り広げた。
過度な保護主義政策はグローバルな分業が常識である自動車産業には障害となり得るのだが、しかし実際に新大統領に就任すれば、現職オバマ大統領と同じ民主党政権ということで、事実上多くの政策は継続となり、すでに現状に適応している自動車産業も既定路線を変更する必要はないはず。例えばNAFTA(北米自由貿易協定)域内での水平分業体制は変える必要がないし、エコカー関連のインセンティブも継続されるだろう。
民主党の典型的支持者はおもに中産階級といわれ、この層には現在堅調な売上の続くプレミアムカーの常客だといわれているアッパーミドルを含む。よって自動車産業側からみると、民主党政権であるヒラリー・クリントンの政策継続性はウェルカムのはず。選挙戦ではTPPに異を唱えたり、やや保護貿易主義的なポピュリズムに訴える戦略もとってきたが、それらは政権についた後の議会対策を踏まえた妥協の前倒しであり、基本路線はオバマ時代から大きく振れることはないとも予想される。
対中国の経済戦略はある意味対立候補と同様なのだが、TPP反対の目的は中国の為替操作に対して圧力をかけたり、共通ルールに立たせることが目標であり、中国との貿易ボリュームは現状維持でよいと考えているようだ。米系メーカーは中国で相当な市場シェアを持つが、現地生産なので貿易政策とは関係が薄い。
▲左は2015年、中国乗用車販売においてトップの座についた上海GM五菱の「 宏光(ホングァン)」。GMは合弁会社での生産分も合わせ、2015年は本国アメリカと肩を並べる360万台を中国で販売した。右はこの夏からアメリカで販売されているGMの中国製ビュイック・エンビション。米ビッグ3がはじめて逆輸入する中国製自動車として話題になっている。
環境やエネルギー問題については、ヒラリー・クリントンは民主党の環境保護路線の急先鋒であったのだが、サンダース上院議員との指名争いの中でやや票どりのための妥協がみられたりした。しかし政権をとった暁には環境政策は現状を維持するものと考えられる。
民主党はハイテクやベンチャー系企業からの支持が厚く、先進的施策に積極的。つい最近もDOT(アメリカ運輸省)が世界に先駆けていち早く自動運転に関するガイドラインを打ち出したように、ヒラリー・クリントン政権も現政権同様に未来に向けた施策には力を入れていくと考えられる。自動車産業ではモータリゼーションの大変革期が近未来に控えており、そこへのスムーズなトランジションには政治が造るインセンティブが欠かせない。そういう意味での二者択一なら、やはりヒラリー・クリントン大統領か。
文:竹平 誠(モータージャーナリスト、近未来技術エバンジェリスト)