Così così(コジコジ)とはイタリア語で「まあまあ」のこと。この国の人々がよく口にする表現である。毎日のなかで出会ったもの・シアワセに感じたもの・マジメに考えたことを、在住23年の筆者の視点で綴ってゆく。
車営業マンは「悪夢」と呟いた
イタリアでは新型コロナウイルス感染症対策が2020年5月4日に第2フェーズへと切り替えられ移動制限や生産活動が緩和された。5月18日は第2.5フェーズとしてリストランテやバールの着席飲食および海水浴場が解禁され、街はぎこちなさを見せながらも再始動した。
目下イタリア政府は、国民的スポーツである「カルチョ(サッカー)試合」を、いかに選手・観客双方にとって安全に再開できるかを関係団体と協議している。
しかしながら前回記したように、2020年4月のイタリア国内新車登録台数は全ブランド合わせて前年同月比マイナス97.5%という恐るべき減少となった。
市場の回復には一定の期間を要するとみられている。なぜならイタリアの2020年第一四半期の国内総生産は前年同期比マイナス15%を記録。これは世界金融危機の翌年である2009年を超えて、イタリア共和国発足以来の減少幅であるからだ。
実際久々にいくつかのブランドのディーラーへと足を向けてみても、新車販売コーナーにほとんど客の姿はない。「まさにインクボ(悪夢)としかいいようがない」と、あるセールスパーソンは筆者に嘆いた。
そうしたなか、政府は自動車市場をいち早く回復させる、さまざまな施策を検討している。一例が新車のCO2排出量の少なさに応じて補助金を出す「エコボーナス」の継続・強化だ。
いっぽうで、自営業者が車を購入する際の付加価値税控除率を、現行の20%から100%にまで拡大する案は見送られたようだ。まさに恩恵に預かれるはずだった筆者などは、とほほである。
アマゾンでフィアットを借りる
いっぽう国内で展開する自動車ブランドも、さまざまな策を講じて需要の喚起を試みている。
次々と奇抜なキャンペーンを連発しているのは、FCA(フィアット・クライスラー・オートモビルズ)傘下のリース会社「リーシス」だ。
同社による新プランは、「フレックスレント」という名の商品である。
あのECサイト大手「アマゾン」と提携。「1週間」「1ヶ月」「3ヶ月」のヴァーチャル・バウチャーを発行するものである。
車種は
・フィアット「500」もしく「パンダ」
・「500L」
・「500X」もしくはジープ「レネゲード」
の3グレードに限定されている。
料金は一般的なレンタル/リース同様、長期ほど格安になる設定である。
たとえばフィアット500の場合、1週間だと129ユーロ、1ヶ月だと299ユーロ/月、90日だと289ユーロ/月に設定されている。いずれも更新が可能である。
利用者は、まずアマゾンのサイトを通じてアクセスコード(9.99ユーロ:約1160円)を購入する。次にリーシスの公式ウェブサイトにアクセスして、リース料をカード決済する。そしてイタリア全国150ヵ所の拠点で車両を受け取るというステップだ。
つまり、先払い・明朗会計のレンタル/リース制度というわけである。
この報を聞いて筆者が思い出したのは4年前、リースを真剣に考えたときのことである。
多くのリース会社が「どのようなブランド・車種でもご要望に応じます」と謳っていた。
月額があまり高いと困るので、ドイツ製プレミアムブランドのエントリー車種を選び、見積もりを数社に出した。
結果は悲しいかな、どの会社も筆者の年収では審査が通らなかった。なかには、失礼にも返答のない会社まであった。
ようやくそのうちの1社は代替として、シトロエンC1もしくは姉妹車であるトヨタ・アイゴ(注:欧州におけるトヨタのエントリー車種)を提案してきた。それもマニュアル変速機、かつ超ベーシックなグレードであったので諦めた。
以来リースにはあまり親近感を抱かなくなってしまった。
またフレックスレントの車両受取・返却拠点は、すべてのFCAディーラーかと鷹をくくっていたら、実際はそうではなかった。筆者が住むシエナの場合、いずれも約30km離れたFCA販売店か、販売協力店だった。イタリアで自動車関係の店というのは駅からやたら離れている。そこまで行くタクシー代でさえかなりの額になる。したがって、現段階ではあまり現実的ではない。
しかしながら、フレックスレントのような先払いなら、見積もり&審査という面倒な手順を踏まずに済むし、将来的には受取・返却拠点は拡充されてゆくだろう。そうした意味で、新型コロナの危機によって生まれた、業界の好ましい新チャレンジと捉えることができる。
車は即納・支払いは6ヶ月後
そのリーシス社は、「今日車を借りて、支払いは60日後」キャンペーンも展開している。
車は即納するが、リース料の支払いは2ヶ月後から開始というプランである。18か月の使用期間後、原則ペナルティ無しで返却できるのも売りだ。
もともとは2016年に導入された「ビー・フリー(Be Free)」と呼ばれるプランだ。2018年に消費者投票による賞「プロダクト・オブ・ザ・イヤー」に選出された。
貸し出し車種はFCA系ゆえフィアット、ランチア、ジープに限定されるが、すでに1万5千件以上の顧客を獲得しているという。
いっぽうルノーのイタリア法人はリースではなく販売で、類似の手法を導入している。
ちなみにルノーはイタリアで最も人気がある外国ブランドのひとつだ。いや、日本のように「フランス車」という意識はユーザーにない。簡単にいえば「フィアットにするか、ルノーにするか」というように、車種選択の際、並列に候補として俎上に上げられるブランドだからである。
背景には、第二次大戦後、ルノーが一貫してイタリア人の手が届きやすい「キャトル」「サンク」「トゥインゴ」「クリオ」といったシティカー/コンパクトカーを供給してきたことがある。
そのルノーが2020年4月から打ち出しているのは、「ルノー・リスタート」というプランだ。
ローンにおいて最初の6ヶ月間は、支払い費用を毎月たった1ユーロ(約116円)にするというものだ。
筆者がルノー販売店に赴いて「本当に半年間1ユーロなんですか?」と聞くと、セールスパーソン氏は力強くうなずいた。その1ユーロも、新型コロナ対策を現場で指揮しているイタリア市民保護局に寄付される、いわばチャリティであることを教えてくれた。
実際には約6%の金利が付いたうえ60回払い・残価設定型、かつ頭金や下取り車の諸条件が高齢者にはきついであろう小さな文字で書かれている。したがって得と考えるかはユーザー次第だろうが、このご時世にキャッチイであることは明らかだ。
ルノーは昨2019年にもサブブランドであるダチアのSUV「サンデロ」の特別仕様車を、こちらも長期ローン+残価設定付きだったが、「頭金無し・1日5ユーロ」というキャンペーンを展開して話題を呼んだ。今回のキャンペーンは、それをさらにパワーアップしたかたちといえる。
あのソフィア・ローレンも叫んでいた
しかしながら、このFCAのリース会社やルノー・イタリアが打ち出しているキャンペーン、今回が初めてではない。過去にもイタリアで経済が逼迫した時にさまざまな分野で展開された販売手法だ。
第二次世界大戦後には南部ナポリを中心に、後払いで食べられるピッツァ屋台も多く出現した。
たとえピッツァ1枚でも、支払いは8日後で良いという仕組みだ。1954年のイタリア映画「ナポリの黄金」では、あのソフィア・ローレンがピッツァ屋台の女将を演じ、「今日食べて、払いは8日後でいいわヨ〜」と通行人に声をかけている。
参考までに、そうしたピッツァの多くは、現在一般的なものと違い揚げるスタイル、つまり揚げピッツァだった。開店するほうも立派な窯が要らず、鍋と油さえあれば簡単に家の軒先で開業することができたのだ。こうした後払いピッツァ販売は、1960年代まで続いたという。
FCAやルノーが模したかどうかは不明だが、イタリア伝統の困難を乗り越える知恵は今日まで脈々と受け継がれている。
文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
この記事を書いた人
イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを学び、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK「ラジオ深夜便」の現地リポーターも今日まで21年にわたり務めている。著書・訳書多数。近著は『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)。
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