遂にN74型V12気筒エンジンが今年の6月に生産を終了する。しかし、このエンジンを積み込むM760Liは、BMWが標榜する“駆けぬける歓び”のひとつの到達点を極めたことは違いなく、そのフィーリングを手に入れる時間は、まだ僅かに残されてる。
カーテンコールを迎えた黄昏のV型12気筒エンジン
今年1月にBMWは、BMW車向けのV12エンジンの生産をこの6月で終了するとアナウンスした。そもそもBMWがV12エンジンを初めて採用したのは1987年。戦後のドイツ車として初めてのV12エンジン搭載車として登場した当時の750iLに積まれたM70型5ℓ自然吸気ユニットから始まった歴史は、現行のM760Li xDriveに積まれる6.6ℓツインターボエンジンにて幕を下ろすこととなったのだ。
まさに自動車用エンジンの究極と言えるV12が、”エンジン屋”BMWのラインナップから姿を消すというのは、まさに時代の流れと言うほかない。BMWの内燃エンジンは依然として、他社のそれとは別格のスムーズさ、粒の揃った回転フィーリングを味わわせてくれると考えれば、V8だって不満などなく、十分満足できる……とは言え、一度でもこのV12を味わってしまうと、やはりその決定には残念というほかなくなる。
最高出力609ps/5500rpm、最大トルク850Nm/1550〜5000rpmというスペックを誇るM760Li xDriveのN74型ユニットは、どこからでも踏み込んだ瞬間に豊かなトルクが湧き上がり、2.3トンもの車重をまるで意識させない軽やかな加速を披露する。もちろん、さらに右足に力を入れれば、ダッシュ力はまさにロケットのようで、速度計の数字がみるみるうちに跳ね上がっていくことになる。
とは言え、優れた動力性能はその魅力の一部に過ぎないと言ってしまおう。何と言っても虜にさせられるのは、やはりその至極滑らかなフィーリングである。
低回転域でのサウンドは、まるでハミングのよう。サウンドというより歌声とでも表現したくなる。その先の回転上昇も、実にスイート。徐々に音色を変化させながら6000rpmを軽々と超え、しかもその先でさらにもう一段の伸びまで楽しませてくれるのだから堪らない。しっかりと自制心を持っていないとついついアクセルを踏み込みすぎてしまうこと必至だ。
電動化が進むこの時代、内燃エンジンが100年以上かけて大排気量化、マルチシリンダー化などによって目指してきた、あふれるほどのパワーとトルク、目がついていかないほどの加速感といったものは、電気モーターの力によってかつてよりも簡単に手に入るようになった。しかしながら内燃エンジンに、その究極と言えるV12ユニットに価値がなくなってしまったのかと言えば、さにあらず。とりわけBMWのV12がもたらす、情感を激しく揺さぶる、その理屈ではない何かは、他では代用することはできない。改めてそう実感せざるを得ないのである。
無論、それは卓越したフットワーク性能が伴ってこその話。CFPR素材を大胆に使ったカーボン・コア構造の軽量高剛性ボディに4輪エアサスペンション、インテグレーテッド・アクティブ・ステアリングなどによって織りなされる走りは至極快適で、それでいて操る歓びをしっかり宿していて、V12の歌声を存分に響かせることを可能にしている。それこそ35年に渡る経験、叡智が、そこにもしっかり活かされていると実感できる。
最新のBMW iXの走りっぷりから想像するに、将来このブランドは自らステアリングを握り走らせる歓びから、ラウンジのような快適な空間への移動の充足感へと、その哲学を変化させていくつもりのようだ。対するM760Li xDriveは、これまで培ってきたBMWの”駆けぬける歓び”のひとつの到達点のような存在と言うことができるだろう。
時代は変化している。しかしながら、今このクルマが体現している価値は、きっとこれからも色褪せることはないはずだ。
【Specification】M760Li xDrive
■全長×全幅×全高=5265×1900×1485mm
■ホイールベース=3210mm
■車両重量=2320㎏
■エンジン種類/排気量=V12DOHC48V+ターボ/6591㏄
■最高出力=609ps(448kW)/5500rpm
■最大トルク=850Nm(86.7㎏-m)/1550-5000rpm
■トランスミッション=8速AT
■サスペンション(F:R)=Wウイッシュボーン:インテグラルリンク
■ブレーキ(F:R)=Vディスク:Vディスク
■タイヤサイズ(F:R)=245/40R20:275/35R20
■車両本体価格(税込)=26,650,000円
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