乗り手を選ぶ孤高のスポーツカー、TVRタスカン・スピード6

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稀代のスポーツカーは、関わった人物の情熱と時代が重なり合った瞬間に誕生する。ピーター・ウィラーTVRの究極の1台であり、専用エンジンを搭載する傑作として史上にその名を刻むTVRタスカン・スピード6。丸みを帯びたボディに剃刀のようなハンドリングを秘めた不世出の1台を振り返る。

鋭く切り立つ、TVRの頂

今日、TVRタスカン・スピード6というクルマを語る時に、長々と推薦文を連ねる必要はないだろう。相応の腕とモラルがなければ素直にあきらめた方が身のためだし、そこまでの個体数も残されてはいないからである。だがそれでもファナティックであればメーカーとして絶頂期を迎えたTVRの姿を、タスカン・スピード6というクルマを通して記憶しておくべきだと思う。それには、このクルマの誕生に尽力した男たちの存在が欠かせない。

1981年にTVRを手中に収めた故ピーター・ウィラーが思い描いた理想のTVR像は、このメイクスを興したトレバー・ウィルキンソンのそれに近いシンプルなものだった。車体は軽く、エンジンには可能な限りのパワーを与える。それがスポーツカー・ファンを刺激する根源であることは誰にでもわかるが、経営者として単刀直入にそこに切り込める人物は多くない。

ウィラー自身は技術面に明るい人物というわけではなかったが、スポーツカーかくあるべしという信念は誰よりも強く、そんな彼の元には必要な才能が集結していた。ウィラーのセンスは特に見た目の意匠に注力された。FRP製ボディの全てを曲面に仕上げることはにべもないが、室内で目立つパーツの逐一をアルミ材で専用に仕立てることには驚くほどのコストが掛けられている。経営者である彼が21世紀のTVR像をはっきりと持っていたからこそ、タスカンの室内は”どこかで見たスイッチ”で満たされずに済んだのである。

だがウィラーの英断は、やはり専用エンジンを誂えさせた事実だろう。タスカン・スピード6というクルマに掛かったコストの半分以上が、ビッグボア・ショートストロークで他に転用の効かないストレート6エンジンに注ぎ込まれていると言っても過言ではない。

スピード6ユニットはTVRに属さない孤高のエンジン技師、アル・メリングの作品とされているが、スピード6のコードネームである”AJP6″には3人の頭文字が込められている。Aはアル、JはTVRのエンジニアであるジョン・レイヴェンス・クロフト、Pはピーター・ウィラーだ。

レイヴェンス・クロフトはシャシーにも精通しており、丸断面の鋼管を組み合わせたTVR伝統のシャシーを、ワンメイクレースカーであるタスカン・レーサーをベースとしつつ完成させている。一方、流体のようなシルエットが湛える調和を崩すような鋭いハンドリングを提唱したのは腕効きのテストエンジニアであり、モータースポーツ狂でもあったネイル”アニマル”アンダーソンだった。彼はテールスライドを簡単に許容するハンドリングを好み、ウィラーもそれに同意したのである。

タスカンという車名にもピーター・ウィラーの優れたセンスが現れている。TVRタスカンは1960年代から1970年代にかけて作られたTVR製モッドスポーツカーのネーミングに由来しており、ヴィクセンと同じコンパクトなボディにフォードのV6やV8を搭載した初代タスカンはコブラ・イーターとしてクラブマンレースで恐れられた。

21世紀初のTVRとして卓越した1台が完成しようという時、ウィラーは伝説的なタスカンのネーミングをリバイバルさせることを決めたのである。ウィラーがテストカーをドライブし、刺激的なフィーリングからその名を閃いたのか、他の誰かが提案したのかは定かではないが、しかしタスカン・スピード6のデビューから20年以上が経過した現在の感覚でも、その名付けが正解だったことは確かだ。

タスカン・スピード6の誕生は、TVRというメイクスが辿った険しい道程のまさに頂であり、それ以降は急速に下降線を辿っていく。多くのTVRファナティックはそれを残念がるが、しかし自動車世界全体を俯瞰した時には、あれが電子制御に支配されない、純粋なスポーツカーを生み出せた最後のタイミングだったということも確かだ。近年はTVRに序章が追加されようとしているが、しかしタスカンこそがTVR最強の伝説であることは疑いのない事実なのである。

フォト=神村 聖 S.Kamimura カー・マガジン505号より転載

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2022/01/26 17:00

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