「ドイツ車の光と影」現地で8年間暮らしてわかったこと

竹花寿実
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2020/11/13 12:00

“質実剛健”、“高品質”など、ドイツ車を評価、表現するワードは様々だが、そんなクルマたちを輩出する環境や背景とは。ここでは約8年間、彼の地でモータージャーナリストとして活動をしてきた竹花氏に、いまあらためてその貴重な経験を基にドイツ車の魅力の源泉を語っていただこう。

まず求められる性能はエンジンよりもシャシー

2010年4月、当時37歳の私は、それまで務めていた出版社を退社し、単身ドイツへ飛んだ。あの時は、独学で勉強していたドイツ語を使えるようになろうと、1年ほど現地で語学学校に通うだけのつもりだった。
もともとドイツという国には興味を持っていた。中高生の頃には電子音楽の先駆者であるクラフトワークに傾倒し、戦前に存在した美術学校のバウハウスが確立したモダンデザインも大好きだった。現代美術家で緑の党の結党にも関わったヨーゼフ・ボイスも好きな作家の一人だった。私が美術大学に進学したのも、ドイツの影響が大きかったと言えるかもしれない。
もちろん仕事で触れる機会が多く、自分でも所有したドイツ車を通じて、ドイツ車そのものやドイツの自動車産業、そしてドイツの物作り対する興味も高まっていた。だから語学学校の合間には各地の自動車博物館を回るなどしていた。

2012年のル・マン・クラシックではメルセデスSLのルーツである300SL(W194)でサルテ・サーキットを走行。さすがに鳥肌が立った。

しかし、人生は何が起きるか解らない。ドイツ語もある程度使えるようになり、帰国を考え始めていた2011年春のある日、ドイツ在住のモータージャーナリスト、木村好宏氏から連絡があった。「ドイツ語が出来るなら、こっちでジャーナリストとして仕事をしたら?」と、まったく予想だにしない誘いを受けたのである。
正直かなり悩んだ。だが、他の人と違う経験を積むチャンスと思い、ドイツに残ることにした。東日本大震災の影響で日本経済が落ち込んでいたことも、この決断を後押しした。夏には語学学校があったハンブルクからフランクフルトへ引っ越し、本格的にモータージャーナリストとして動き出した。
それからは、ドイツ車を中心にニューモデルや最新技術、自動車交通行政、モータースポーツなど、クルマにまつわる様々なものを取材する日々となる。
初めのうちは、見るものすべてが新鮮で、とても刺激的だった。初めて「ドイツ組」として参加したイベントは、2011年夏にスペインのアスカリ・サーキットで行なわれた先代BMW M5の国際試乗会。日本ではあり得ないスケールの移動や、エキスパートと気軽に話せるオープンな雰囲気に驚かされた。
その後も日本にいたら一生出来ないであろう経験の連続だった。ドイツにいた8年間に登場したドイツ車はほぼすべて試乗し、取材を通じてドイツのクルマ文化や、ドイツ人にとってクルマが移動の自由の象徴であることなどを、深く理解することができた。

ルボラン2020年11月号より転載

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