地元有力チームとの強固なタッグ
世界一過酷なサーキットといわれるドイツ・ニュルブルクリンク。その『緑の地獄』と称される北コース=ノルドシュライフェは、1927年の開業当時からいまも変わらず、欧州プレミアムカーメーカーのクルマをはじめ、世界中の主要タイヤメーカーの製品をモータースポーツ通じて鍛え上げてきたいわば自動車開発の聖地である。
その聖地で高性能タイヤを開発すると同時に欧州市場への橋頭堡としている「ヨコハマ=横浜ゴム」は、新世代BMWおよびBMW MモデルのOE(新車装着)タイヤの承認を立て続けに獲得していることもあって、ここグリーンヘル(緑の地獄)で毎年開催される「ニュルブルクリンク24時間レース」の第48回大会(2020年9月24-27日)に、BMW M6 GT3とM4 GT4のレースマシンを駆る、「Walkenhorst(ヴァルケンホルスト)モータースポーツ」とタッグを組んで挑むこととなったのだ(レースリポートはこちら)。
ニュル24時間レースの参戦マシンが装着するレーシングタイヤは、欧州市場に強い影響力を持つミシュランやピレリといったブランドを筆頭に、ヨコハマ、ダンロップ、ファルケン、グッドイヤーらが供給しているが、この世界一過酷な耐久レースを迎えるにあたり、各タイヤメーカーの開発陣は供給するチームに勝利をもたらすための研究開発と実走行テストを重ねる。それだけに、各メーカーの開発陣が1本1本に魂を込めたタイヤもまた、世界最高水準の闘いに挑むことになるのだ。
さて、今大会でヨコハマとタッグを組むのは、ドイツ北西部にBMW正規販売店6拠点を展開するヴァルケンホルスト・グループが母体の地元有力チームである。同グループの代表取締役社長自らも#100のM6 GT3のステアリングを握りPro Amクラスへエントリーするほど、この歴史と伝統を誇る偉大な草レースに対して意欲的なチームだ。
今回ジェントルマンドライバーとして参戦するヘンリー・ヴァルケンホルスト代表取締役は、グループ企業の経営者として厳しい目でマシンやタイヤをチェックしながらニュルへと挑戦する。自身が納得できないものを顧客へは決して推奨はできないからだ。それゆえにこのニュル24時間レースではテスト開発プログラムのパートナーとしてヨコハマと共に歩むことを決断した。「ドライ用のADVAN A005スリックタイヤはかなりの成熟度を高めてきた」と笑顔を見せる。「このニュルではまだ発展途上だがその成長過程を共に歩む上で、確かな感触を掴んでいる」と、ヨコハマとのパートナーシップに期待を寄せる。
そして今季のヴァルケンホルスト・モータースポーツには、かつてBMW Team Studieで荒聖治とタッグを組み、日本のSUPER GT300クラスをBMW M6 GT3で活躍してBMWファンを熱狂させたヨルグ・ミューラー氏がレースエンジニアとして所属している。BMW Motorsportを退いた彼は、2019年からこのヴァルケンホルストに加わり、WTCC(世界ツーリングカー選手権)などトップカテゴリーで活躍した経験と、ヨコハマADVAN(アドバン)のレーシングタイヤで闘ったノウハウを活かしてチームを支える。
ドライバーもタイヤもニュルで成長する
同チームで注目すべきは、同じBMW M6 GT3でトップカテゴリーのSP9クラスを闘うシュニッツァーやROWEらが、BMW Motorsport所属ワークスドライバーを起用する一方で、ヴァルケンホルストはBMW Motorsportが創立時から力を注ぐ、若手ドライバー育成プログラムで選出された、「BMWジュニアドライバー」の3選手にSP8Tクラスを闘う#73のM4 GT4を委ねたことだ。もちろん参戦マシンにはヨコハマのADVANレーシングタイヤが装着され、今大会がニュル24時間デビューとなる将来有望なドライバーたちをバックアップするのだ。
一方、ヨコハマの日本人エンジニア陣は、万全の体制でニュルをサポートするべくギリギリまで現地渡航の可能性を探ったが、新型コロナウィルスの感染拡大防止策を受けて惜しくも諦めざるを得なかった。その分、現地法人のベテランエンジニアらがその重責を担って、全力でヴァルケンホルストの4台のサポートに当たった。
F1も開催されるグランプリコースを含めて全長25.378kmという世界最長のニュルブルクリンクは、天候や路面コンディションが数分ごとに驚く程変化していく。それだけにドライバーは、長時間に渡る全開走行中であってもタイヤマネジメントに全神経を集中させて、グリップ力を最大限に引き出さねばならない。
予選こそドライコンディションで走行できたのだが、決勝当日の天候は雨。それもトラック温度9℃/気温8℃という9月とは思えぬ寒さの中で24時間耐久の決勝レースがスタート。新進気鋭の勇者がドライブするBMWジュニアチームの#73 BMW M4 GT4は、この冷たい雨が降りしきる中、初めて走るナイトセッションをどうマネージメントするのだろうか?
「まずは自分自身を信じる事を常に念頭に置く」と19歳のマックス・ヘッセ選手は言う。濃霧と大雨で視界が確保できず、エスケープゾーンも夜間照明もない危険度マックスなグリーンヘルであっても、最大のパフォーマンスを発揮するのがプロのレーシングドライバーである。BMWジュニアドライバーの3名は、ヨコハマのスタッフやチームのトラックエンジニアからの詳細なレクチャーを受け、このレースウィークを通してプロの心構えを学ぶのだ。しかも、彼らがニュルでナイトセッションを走行するのは、この24時間レースが初体験。しかしそこは血気盛んな若者たちだ。ベテランドライバーですら恐怖を感じる、雨のナイトドライブが楽しみで仕方がないという頼もしさだ。この先、世界へと羽ばたいていく彼らに期待したい。
過酷な状況でクラス優勝を遂げる
#101のM6 GT3をドライブするデービッド・ピッタードは、ヴァルケンホルストで今シーズンのNLS(旧称VLN=ニュル耐久シリーズ)の開幕戦で堂々と総合優勝を果たしていただけに、24時間レースでは優勝候補との呼び名も高かった。28歳のイギリス出身のピッタードは、ロンドンのブルネール大学にてモータースポーツエンジニアリングを学び、工学エンジニアとしての視点からも分析できる世界でも数少ないプロドライバーだ。このヨコハマとのタイヤ開発プログラムを共にし、ニュルで『勝つ』という確かな手応えをADVANのスリックタイヤで実証した。「モンスーンをはじめ、低気温・低トラック温度・グリップがないという全ての厳しいコンディションが揃った今回のニュル24時間。まさかこんなにウェットタイヤ(ADVAN A006)の出番が多くなるとは、誰が望んでいただろう?」とレース後にその過酷さを語った。「24時間の大半がウェットというこの厳しいコンディション下のレースで、全てのチームとメーカーがウェットタイヤの重要性を再認識したと思う。今回の24時間レースで十分に収集したデータをもとにタイヤ開発プログラムを進めて、今季のニュル耐久シリーズの王者を目指すします。ニュルはいつでもエクスペリエンスだから」と、現在NLSシリーズでランキングトップのピッタードは、早くも次の目標へと瞳を輝かせた。
#73のM4 GT4を駆るBMWジュニアチームは、この非常に厳しいコンディションで初参戦となったニュルブルクリンク24時間レースで、見事SP8Tクラス優勝という大快挙を遂げた。惜しくも#100はリタイアを喫してしまったが、ヴァルケンホルストのBMW3台がチーム全員に見守られ、無事にチェッカーフラッグを受けた。年に1度の24時間レースは終了したが、ヨコハマとヴァルケンホルストの闘いはまだまだ続く。NLSニュル耐久シリーズのチャンピオンを狙いながら、世界の頂点を目指して邁進するのだ。
【48th ADAC TOTAL 24H RACE(24-27.Sep.2020)Resalt】
Walkenhorst Motorsport
【#73】SP8Tクラス(BMW育成チーム)クラス優勝/総合19位
Harper, Daniel /Verhagen, Neil/Hesse, Max
【#74】SP10クラス(ジェントルマン)総合35位
Breuer, Jorg/Hetzer, Thomas D./Wahl, Dirk-Tobias
【#100】SP9 Pro-Amクラス リタイア
Walkenhorst, Henry/Ziegler, Andreas /von Bohlen , Friedrich /von Bohlen, Mario
【#101】SP9 Proクラス 総合12位
Krognes, Christian/Pittard, David/Jensen, Mikkel/Pepper, Jordan
取材協力=横浜ゴム https://www.y-yokohama.com/brand/tire/advan/
この記事を書いた人
武蔵野音楽大学および、オーストリア国立モーツアルテウム音楽院卒業。フリーランスの演奏家を経て、ドイツ国立ミュンヘン大学へ入学。ミュンヘン大学時代にしていた広告代理店でのアルバイトがきっかけでモータースポーツの世界と出会い、異色の転身へ。DTM、ル・マン/スパ/ニュルブルクリンクの欧州三大24hレースを中心に取材・執筆・撮影を行う。趣味は愛車のオープンカーでヨーロッパのアルプスの峠をひたすら走りまくる事。蚤の市散策。
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