新型コロナ厳戒のイタリアから: “アルファ・ロメオ発祥の地”も病院に【大矢アキオの イタリアでcosì così でいこう!】

Così così(コジコジ)とはイタリア語で「まあまあ」のこと。この国の人々がよく口にする表現である。毎日のなかで出会ったもの・シアワセに感じたもの・マジメに考えたことを、在住23年の筆者の視点で綴ってゆく。

自動車生産にも影響が

筆者が住むシエナのイタリア軍落下傘部隊兵舎近くで。普段は路上駐車の争奪戦が繰り広げられるゾーンも、現在は閑散としている。

イタリアでは新型コロナウィルス対策として、全土で外出を制限する首相令が2020年3月10日に発動された。12日からは生活必需品の販売を除く商業活動が同じく首相令によって休止された。国内の自動車工場でも、対応が進んでいる。FCA、フェラーリ、ランボルギーニは、いずれも3月末まで生産拠点の操業を停止した。2輪のドゥカティや、パーツサプライヤーのブレンボなども同様に生産を止めた。

自動車販売店のショールームも、営業許可業種に含まれていないため休業の対象だ。ただし、修理部門は緊急に限り予約制などで対応している。

従業員の健康第一というのが第一の理由だが、需要減を見越した生産調整であることは明らかだ。実業界では社会貢献に名乗りを挙げる人も出てきた。
フィアットの創業家であるアニェッリ家は、感染予防対策の最前線で指揮しているイタリア市民保護局に1千万ユーロ(約1億1800万円)を寄付する。加えて、一族の投資会社を通じて人工呼吸器150台を寄贈することを17日明らかにした。

「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」。2019年5月25日コモで撮影。

自動車ファンイベントは方針が分かれている。5月13-16日の半島縦断古典車ラリー「ミッレミリア」は、現段階では予定どおり開催するとしながらも、常に関係機関と連絡をとりながら慎重に判断してゆくとしている。その翌週である5月22-24日にはコモ湖畔でコンクール・デレガンス「コンコルソ・ヴィラ・デステ」が計画されている。こちらの主催者は、感染の推移や各国の渡航安全情報を見極めたうえで開催、延期、中止のいずれかを判断すると発表している。

いっぽうで従来のトリノから初めてミラノとモンツァに開催地を移して6月18-21日に開催予定の「オープンエア・モーターショー」は、変更の可能性を示唆するコメントを一切発していない。4月から6月に延期されたミラノ家具見本市との相乗効果を狙うことに関しても、更新情報はない(状況はいずれも2020年3月18日現在)。

「オープンエア・モーターショー」。2019年6月23日、トリノで撮影。

V.ロッシも呼びかけ

イタリア実生活に話を戻せば、一般人の移動は、通勤、通院、食料や薬品の購入等に限り許可されている。移動に際しては、内務省が発行する所定のフォームに記入して携行することになっている。虚偽申告や不要な外出には罰則(206ユーロ-約2万4千円-以下の罰金、もしくは3ヶ月以下の禁錮)があり、内務省発表によると、早くも15日までに約2万7千人が検挙されたという。

本稿を書いている間にも、日頃は我が家の上空を航路としないドクターヘリが何度も飛行している。こうした異常な生活が続くなか、筆者の心を和ませてくれる数少ないものといえば、日増しに長くなる日照時間と暖かくなる気温である。同時に、従来さほど気にしていなかったニワトリの鳴き声、鳥のさえずり、教会の鐘といったものに耳を澄ますようになった。朝それらのものが聴こえてくることによって、健康であることを実感するのである。

インターネットで#DistantiMaUniti を検索すると、V.ロッシをはじめさまざまなスポーツ選手たちが現れる。

テレビやインターネットでは、2つのキャンペーンが展開されている。ひとつは、イタリア厚生省による #IoRestoACasa (私は家にとどまるよ)だ。名監督ヴィットリオ・ガスマンの息子でもある俳優アレッサンドロ・ガスマンなど、この国のセレブたちが外出を控えるよう呼びかけている。

もうひとつは、#DistantiMaUniti (距離を保って結束)。対人間隔を最低1メートルとることを促すものだ。当初一部のスポーツ選手たちがソーシャルメディアを通じてボランティア発信したものに、政府が賛同した。顔ぶれをみると、ヤマハのヴァレンティーノ・ロッシ、ドゥカティのアンドレア・ドヴィツィオーゾといった人気モトGP選手も加わっている。

スーパーマーケットのレジには、他の客と1メートルの距離を保つようラインが貼られている。

キャンペーンがどの程度奏功したかは定かではないが、筆者が在住するイタリア中部シエナの商業施設で、この“1メートル・ルール”は限りなく遵守されている。普段のイタリア人の公衆道徳について云々する意図はないが、彼らがここまで国の呼びかけに従うのは、長い在住経験においても初めてである。いかに深刻に事態が捉えられているかが窺える。

幸運の地に願いを

本稿を執筆している3月17日時点で、イタリアにおける累計感染者数は31,506人にのぼっている。当然のことながら、テレビニュースのヘッドラインは新型コロナ関連一色である。東京五輪の動静などは、一部のスポーツニュースが極めて稀に取り上げるのみだ。思えば、2006年トリノ冬季五輪のとき、同じ国内でも他都市の住民の関心は薄かったから、当たり前なのだが。

シエナ大学病院では2020年2月から、来訪者の検温を行うチェックポイントの仮設テントが設営された。

それはともかく、最も感染者が多く深刻な状態のロンバルディア州が、ミラノ・ポルテッロ地区にある旧メッセ会場を仮設病院として活用することを決定した。かつて「フィエラ・ミラノシティ」と呼ばれていた施設で、かつて「フィエラ・ミラノシティ」と呼ばれていた施設だ。実は敷地の一部は、アルファ・ロメオと切ってもきれない縁がある。

19世紀末に誕生し、草創期のフランス自動車産業を支えた「ダラック」社は、国外生産拠点としてイタリア工場を20世紀初めにこのポルテッロ地区に建設した。その後ダラックが破綻すると、施設はミラノの実業家集団によって引き継がれた。これが、A.L.F.A.(Anonima Fabbrica Lombarda Automobili (ロンバルディア自動車製造会社)のはじまりだった。

第二次大戦中、ポルテッロ工場は三度にわたる空襲で激しく破壊された。にもかかわらず再建を果たし、戦後も生産拠点であり続けた。とくに「ジュリエッタ」は海外輸出を通じて外貨獲得に大きく貢献したとされる。そして1960年代、郊外により広大で近代的なアレーゼ工場が完成するまでアルファ・ロメオを支えた。今回、仮設病院として使われる旧フィエラ・ミラノシティの一部は、1980年代にアルファ・ロメオが撤収した跡地に建てられたものなのである。計画では2万2千平方メートルにベッド400床が設置される。すでに作業は開始されている。

戦禍の傷痕から逞しく復興し、イタリアの戦後経済成長を支えた幸運の地で、より多くの人々の命を救われることを願ってやまない。

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