小さな断片から自動車史の広大な世界を管見するこのコーナー。今回は様々なクルマのイベントの記念品を眺めながら、思い出のかたちについて考えてみたい。
思い出のかたち、メモラビリア
モータースポーツにはカップがつきもので、フィニッシュ後にはポディウムでカップを高々と上げるシーンは昔も今も変わらない。またレースで成果を上げた時や、スピード記録を樹立した時に関係者に配られる記念品などもある。
時にはオークションで、歴史的なドライバーが歴史的なレースで優勝した時のカップや、様々な記念品などが出品されることもある。そういうカップや記念品の類もメモラビリアとしてオートモビリアの範疇である。
そんな大層なものでなくても、クルマのイベント、とくに最近のヒストリックカーのイベントでは、参加記念品として、様々なメモラビリアを頂く機会も多い。ヒストリックカーの競技はイギリスにおいては実に古くから行われてきたが、その他の国で盛んになってきたのは、’80年代になってからのような気がする。
日本でもイギリスにならって、ごく一部の愛好家によるヒストリックカーのイベントは、それこそ’50年代からあり、CCCJ(日本クラシックカークラブ)のような組織も’56年からあった。だが、やはり多くの人たちがヒストリックカーの魅力を再発見したのは’80年代からだろう。ここ10年くらいの間では、さらに多くの人たちがヒストリックカーの世界に参入するようになった気がする。
ヒストリックカーのイベントはローカルなものから、世界中に注目されるイベントまで多様となったが、とくにイタリアで開催される復刻版のミッレミリアは広範囲に強い影響を及ぼした。’27年から’57年まで開催された公道を走るスピードレースが、ヒストリックカーラリーとして復活し、それが世界中のヒストリックカーのイベントに影響を及ぼしたのだ。
ミッレミリアは、スイスのショパールが参加者全員にそのゼッケン番号を打刻したリスト・ウォッチをプレゼントすることで有名だ。私も’96年から2002年にかけて7回連続で出場したから、7本のショパールを持っていることになる。また他のスポンサーからジャケットやバックなども支給されたので、ミッレミリアの影響から、他のヒストリックカーラリーでも様々な参加賞が用意されるようになったと思う。
レースもラリーもコンクールデレガンスも、コンペティションであるばかりか祝祭でもあり、華やいだ要素がある。それを引き立てるのはポスターや幟などであり、また参加者にとっては特別な記念品がより気分をもり上げてくれるということもあるようだ。
こうしてメモラビリアは楽しい記憶を留めるためのオブジェとなるが、個人的な範囲を超えた普遍的で時間の腐食に耐えるものであれば、なお素晴らしい。
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