枝を折りつつ進んだ秘境に延びる銀の道(新潟県・枝折峠)【絶景ドライブ 日本の峠を旅する】

巨大なダム湖の湖底に封印された銀山の栄華

雪解け水が沢となって道路を横切る国道352号。冬季閉鎖解除後から初夏にかけては、水量もかなり多い。

「このあたりの人たちは、自分のことを尾瀬三郎の子孫だなんて自慢してますけど、まぁ怪しいものでしょうね(笑)。かつて銀鉱山には日本中から荒くれ男が集まっていたわけだし、古文書を調べてみると、一時期、銀山平は謎の山賊集団に支配されたことさえあったようなんです」

奥只見湖(通称:銀山湖)は紅葉の名所。春先には湖面に氷塊が浮かぶフィヨルドのような風景も楽しめる。

こんな話を聞かせてくれたのは、貴族の末裔というよりは山賊の残党(失礼!)といった方が似合いそうな、精悍な風貌をした駒の湯山荘のご主人である。

彼のいう尾瀬三郎とは、藤原一門の貴公子で、平清盛の恋敵でもあった。大納言の地位にあったが、平家との戦に敗れると、命からがら都を逃げ出し、銀山平まで落ちのびて来たといわれる。さらに一族は山を越えて会津側の尾瀬まで 流れてゆき、そのため尾瀬という地名も生まれたらしい。

1年じゅう消えることのない万年雪を抱く荒沢岳。このほか、越後駒ヶ岳、会津駒ヶ岳、燧ヶ岳など、百名山に数えられる山々も次々と姿を現す。

ちなみに、尾瀬の北にある檜枝岐には平家の落人伝説が残る。一世を風靡した恋敵の末裔同士が、こんな山奥で鉢合わせするとは何とも不思議な縁である。

いずれにしても、かつての銀山平周辺は落人が身を隠したり、山賊たちが跳梁跋扈するには格好の土地だった。そんな山深さを今に伝えているのが、現代の銀山街道、国道352号である。

まるで秘密基地に向かう道路のような雰囲気さえあるシルバーライン。内壁はゴツゴツした岩肌がむき出しのまま。工事車両が行き来していただけに道幅は十分だが、路面が常に濡れているので速度などには注意が必要。

駒の湯山荘への分岐を過ぎると、道は急に幅が狭くなり、山肌にへばりつくように窮屈なターンを繰り返していく。コーナーを抜けても抜けても、見えるのは山ばかり。枝折峠を越え、銀山平まで下ると、いったん道は良くなるものの、その先は再びクネクネと曲がりくねった山道の連続となる。

越後駒ヶ岳の登山口にもなっている枝折峠。

谷筋に万年雪を残した山々が目の前に迫り、人造湖とは思えないほど美しい奥只見湖がときおり木々の合間から姿を見せる。そして、山から流れ出した沢水はじゃばじゃばと道路を横切っていく。分岐も交差点もない一本道だから 間違えようもないのだが、「これが本当に国道なのか?」と時折不安になってしまう。

ノミで穿った痕が生々しく残る江戸時代の鉱道跡。内部に入ると夏でも空気はひんやりとしている。

江戸末期、質のいい鉱脈を掘り尽くした銀山平は、ついに只見川の河床を掘り抜いて水没し、その栄華の歴史を閉じる。そして1962年には奥只見ダムが完成。わずかに残っていた集落も、銀山にまつわる数々の伝説も、当時、日本一の 総貯水量を誇った人造湖(現在の日本一は揖斐川の徳山ダム)の湖底に沈んでいった。

険しい登りが続く昔の銀山街道。昔の旅人たちは、道に迷わぬよう目印に枝を折りながら歩いたと言われる。

掲載データなどは2016年7月末時点のものです。実際におでかけの際は、事前に最新の情報をご確認ください。

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