それこそ「乗り心地がいい!」と感じる個体は千差万別だろう。ここでは、数十年に渡る自動車ジャーナリストとしての経験をもとに、渡辺慎太郎氏が乗り心地がいいと感じたクルマをカテゴリー別にピックアップしてみた。
優れた乗り心地を実現するための作り方
クルマに関する性能の中で、「乗り心地」はちょっとやっかいな性質を持つひとつである。0→100km/hの加速性能は、まったく同じ条件さえ整えれば、タイム計測で得られた数値をそのまま評価として使うことができる。ところが乗り心地の感じ方は、被験者の体格や体重や年齢や性別や経験値などによる個人差が生じる傾向にある。ドイツ車の乗り心地を「硬い」とネガに思う人もいれば「すっきりしている」とポジに受け取る人がいるのは好例だ。人間の感性をベースにした評価を官能評価と呼び、自動車メーカーはこれをデータ化して、被験者によって評価が大きく変わることのないよう、乗り心地の基準値を設けている。今回は、おそらく自動車メーカーが乗り心地を評価したら上位に来るだろうと思われる5台をピックアップした。
ロールス・ロイス・ファントムは、“世界乗り心地選手権”なるものがあったとしたら、優勝候補の最右翼だろう。
極端に言えば、優れた乗り心地を実現するには乗員が感じる振動を完全排除すればいい。では振動を排除するにはどうすればよいか。まずはボディの骨格を頑強にする必要がある。骨格が柔いと振動が減衰しにくいし、路面からの入力を吸収する役目を担うサスペションが正しく動かなくなるからだ。
以前、ドイツにあるロールス・ロイスの工場を訪問したことがある。新設されたばかりで、ふと見るとアルミ製のぶっとい柱が置かれていたから「これは工場の建築部材ですか?」と聞いたら、「ファントムのサイドシルです」と言われて驚愕した。さらに、ファントムには遮音/吸音/制振材の類いだけで130kg以上も使われていると聞かされた。この種の部品は、使えば使っただけ効果が見込めるが、車両重量は増加するしコストも莫大となる。6m近い巨大なボディをしっかり作ると自動的にある程度の重量にはなってしまうから、そこからの+130kgは大きな影響を与えないし、本体価格を堂々と高く設定できるからコストもそれなりにかけられる。ロールス・ロイスのファントムだからこそ可能だった作り方である。
実際、ファントムの乗り心地は素晴らしい。国際試乗会ではスイスの山岳路が試乗ルートに含まれていて、部分的にはショーファーが運転、自分はリアシートに座っていたが、後席のテーブルに置かれたシャンパングラスに注がれたミネラルウォーターの表面は、かすかに波打つくらいだった。前述のように遮音/吸音も徹底されているから静粛性もすこぶる高い。そもそも音は物体が振動することで発生する。乗り心地と静粛性は一対の性能でもあるのだ。
ファントムはその生い立ちも価格もちょっと別格なので、「そこまでやれば(=それだけ高価なんだから)そりゃ乗り心地もよかろう」となるかもしれない。だからといってこのクルマも十分に高価なのだけれど、便宜上“一般的なセダン”の中で乗り心地のトップクラスにいるのがメルセデス・ベンツのSクラスである。
ボディの骨格をしっかり作るという着眼点はファントムと同様だし、メルセデスが設計の基本理念としている部分でもある。現行のSクラスのホイールベースは、標準とロングの2種類が用意されているが、ロングでもボディの剛性感は余りあるほど高い。
この頑丈なボディに取り付けられているサスペンションも2種類あって、ひとつは標準のエアマチック・サスペンション、もうひとつがオプションのEアクティブ・ボディ・コントロールだ。前者はいわゆるシンプルなエアサスで、エアサス自体は採用しているクルマが少なくない。それでもSクラスの乗り心地が頭ひとつ抜けているのは、ボディ剛性の高さに因るところも大きいと考えている。
また、ノーマル仕様のSクラスはメルセデス、スポーティ仕様はAMGと、これまで以上に役割を明確化したことも要因のひとつだろう。乗り心地と背反するところにある操縦性は「正確さ」に重点を置き、乗り心地を含めた快適性に集中した設計をノーマル仕様に施すことができたと思われる。同時にしっとりとした乗り心地をもたらす各種制御の仕方には、彼らのプライドのようなものさえ感じる。Sクラスは彼らにとっても特別な存在なのだ。
スポーツカーなのに乗り心地がいい理由
マクラーレンはミッドシップレイアウトにこだわってきたスポーツカーメーカーである。その足周りをずっと支えてきたのが“プロアクティブ・シャシー・コントロール(PCC)”である。PCCはMP4-12Cから採用され、時代とともに進化を遂げ、750SではPCCIIIとなった。PCCの仕組みは簡単に言えば、各車輪のダンパー内のオイルを回路で繋ぎ、包括的に油圧を制御して可変ダンパーとして動かすというもの。
例えばあるダンパーが縮むと、チャンバーを使って油圧フルードを伸びようとする他のダンパーへ送る仕組みである。このシステムの最大の特徴は、こうすることでアンチロールバー(あるいはスタビライザー)と同等の効果を発揮すると同時に、それを装着する必要がなくなりスペースがセーブできるし軽量化にも寄与する点にある。
コーナリング時にはなるべくばね上を動かしたくないので、ダンパーの減衰力を高くして抑え込むが、その分だけ乗り心地は悪くなる。これが一般的なスポーツカーの足周りのセッティングである。マクラーレンはPCCIIIを用いることで、ピッチ/ロール方向の動きを軽減しつつ乗り心地を担保するという二刀流をやってのけている。正直、ミッドシップのスポーツカーでここまで乗り心地に優れたモデルはマクラーレンの他に知らない。下手なラグジャリーセダンよりもずっといい。いっそこのサスペンションシステムだけ、他メーカーに供給してあげればいいのにとさえ思ってしまう。
独自の技術を展開するシトロエンとレクサス
乗り心地と操縦性の両立はメーカーにとって永遠のテーマであり、その解決手段のひとつとして独自のサスペンションシステムの開発に余念がないのである。シトロエン/DSの“プログレッシブ・ハイドローリック・クッション(PHC)”もそのひとつだ。PHCは、
ダンパー内にもうひとつの(セカンダリー)ダンパーを組み込んでいて、通常のダンパーが縮み切ってバンプラバーに当たる衝撃を緩和する機械式の仕組みである。ダンパー内にも金属ばねが置かれているが、これはセカンダリーピストンを定位置に戻すためのもので、サスペンションの金属ばねはダンパーとは別に設けられているから、ばねレートには影響しない。試乗車のPHEVモデルは、PHCをベースにドライブモードによってデフォルトの減衰力が変えられる電子制御式の“アドバンストコンフォートアクティブサスペンション”が装着されていた。
これが、フワッとしているけれど芯のある、なんとも言えない独特の乗り心地をもたらしている。さらに、全体的に均等に面圧が分布され、身体を包み込むように支えてくれるシートの座り心地のよさも大きく貢献している。いっそこのシートだけ、他メーカーに売ればいいのにとさえ思ってしまう。
このように、各メーカーは特に足周りに先進技術や独自技術を投入することで乗り心地と操縦性の両立を達成している。増殖するBEVの中で、優れた乗り心地の代表としてレクサスRZを選んだのは、このクルマのサスペンションがまったく普通のコンベンショナルな機構だからである。BEVの多くはエアサスペンションや電子制御式ダンパーを装備して、重いばね上の動きをコントロールしている。ところがRZは、空気ばねはもとより電子制御式ダンパーすら装着していない。それでもしっとりと快適な乗り心地を実現しているし、操縦性にもダイレクト感があって気持ちよく操舵できる。
コレを実現するために、開発チームは徹底的に走り込んで微調整を何度となく繰り返したに違いない。納得のいく乗り心地と操縦性が両立できるところは、おそらく針の穴くらいのピンポイントで、そこを探り当てたのだろう。正直、RZと同等の乗り心地を示すBEVは他にもあるけれど、安易に文明の利器に頼らずここまで辿り着いた彼らの気概を、評価せずにはいられないのである。
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【SPECIFICATION】MERCEDES-BENZ S580 4MATIC LONG
■車両本体価格(税込)=22,330,000円
■全長×全幅×全高=5320×1930×1505mm
■ホイールベース=3215mm
■車両重量=2310kg
■エンジン種類/排気量=V8DOHC32V+ツインターボ/3982cc
■最高出力=503ps(370kw)/5500rpm
■最大トルク=700Nm(71.4kg-m)/2000-4500rpm
■トランスミッション=9速AT
■サスペンション=前:Wウイッシュボーン、後:マルチリンク
■ブレーキ=前後Vディスク
■タイヤサイズ=前:255/40R20、後:285/35R20
問い合わせ先=メルセデス・ベンツ日本 TEL0120-190-610
【SPECIFICATION】McLAREN 750S SPIDER
■車両本体価格(税込)=43,000,000円
■全長×全幅×全高=4569×1930×1196mm
■ホイールベース=2670mm
■車両重量=1326kg
■エンジン種類/排気量=V8DOHC32V+ツインターボ/3994cc
■最高出力=750ps(552kw)/7500rpm
■最大トルク=800Nm(81.6kg-m)/5500rpm
■トランスミッション=7速DCT
■サスペンション=前後:Wウイッシュボーン
■ブレーキ=前後:Vディスク
■タイヤサイズ=前:245/35R19、後:305/30R20
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【SPECIFICATION】CITROEN C5 X HYPNOS PLUG-IN HYBRID
■全長×全幅×全高=4805×1865×1490mm
■ホイールベース=2785mm
■車両重量=1790kg
■エンジン種類/排気量=直4DOHC16V+ターボ/1598cc
■最高出力=180ps(132kw)/6000rpm
■最大トルク=250Nm(25.5kg-m)/1750rpm
■モーター最高出力=110ps(81kw)/2500rpm
■モーター最大トルク=320Nm(32.6kg-m)/500-2500rpm
■トランスミッション=8速AT
■サスペンション=前:ストラット、後:トーションビーム
■ブレーキ=前:Vディスク、後:ディスク
■タイヤサイズ=前後:205/55R19
■車両本体価格(税込)=6,820,000円
問い合わせ先=ステランティスジャパン TEL0120-55-4106
【SPECIFICATION】LEXUS RZ 450e version L
■車両本体価格(税込)=8,800,000円
■全長×全幅×全高=4805×1895×1635mm
■ホイールベース=2850mm
■車両重量=2100kg
■モーター最高出力=前:203.9ps(150kw)、後:109ps(80kw)
■モーター最大トルク=前:266Nm(27.1kg-m)、後:169Nm(17.2kg-m)
■トランスミッション=eAxle
■サスペンション=前:ストラット、後:Wウイッシュボーン
■ブレーキ=前後:Vディスク
■タイヤサイズ=前:235/50R20、後:255/45R20
問い合わせ先=レクサスインフォメーションデスク TEL800-500-5577