今回は日本の経済を支える基幹産業の一つである自動車産業について、バブル経済崩壊後の転機とも言えるリーマン・ショック以降、東日本大震災、アベノミクス、CASE変革といった様々な時代を経て、再びコロナ禍によって各種影響を受けている現在までに、それらが自動車メーカーやサプライチェーンといった自動車産業とそのお客さまであるユーザーへどのような影響を与えてきたのか? について、更には再び北米の金融危機が取り沙汰されている中で将来はどういった自動車産業の動向が予想されるかを中心にコラムをお届けします。
リーマン・ショックの影響
今から15年ほど前の2008年9月にリーマン・ブラザーズ・ホールディングス(USA)が経営破綻、その後は連鎖的に世界金融危機へと至り、自動車産業も非常に大きい打撃を受けました。
特に金融危機の震源地であった北米市場への影響は凄まじく、年間に1600万台ほどあった新車販売が翌年には1000万台ほどまでに落ち込みました。単純に考えれば生産や販売、開発や他といった事業規模を30%以上も縮小しなければならないので、その影響の大きさが推し量られます。
当時、既にグローバル事業展開が必然とされていた自動車メーカーの生産や販売、開発やマーケティング、他とあらゆる領域にまで影響が波及して、世界中の事業展開や戦略、そして、雇用にまで影響を受けました。
北米を主軸に事業を展開してきた日本の自動車メーカーにもインパクトは大きく、設備投資や生産といった計画の見直し、在庫の調整やサプライチェーン網の維持と多方面での対応と改革に迫られ、裾野の広い自動車産業全体に影響が広がったことで日本経済が停滞する要因にまで至りました。
この時、スズキ自動車の鈴木 修会長(当時)は北米における自動車の在庫滞留の状況などを見て様子がおかしいと異変に気付き、前もって生産を調整させたというカリスマぶりを記憶されている皆さまも多いのではないでしょうか。
東日本大震災と復興への歩み
リーマン・ショックから数年が経って、少しずつ落ち着きと活況を取り戻しつつあった自動車産業ですが2011年3月の東日本大震災によって再び未曾有の状況に陥ります。大震災によって自動車産業の拠点でも尊い命、多くの設備が失われ、ほとんどの産業機能がストップする状況に一時は陥りました。
更には現在も事態の収束が見通せていない東京電力の福島第一原発事故も発生して、不変の課題であるエネルギーについて将来を再検討する必要性が生じた出来事でもありました。
当時、先ずは生命と生活を守るための取り組みが最優先で産業の復興が後回しであることは必然でしたが、少しずつ落ち着きを取り戻した頃に自動車産業においても、特に地震や津波の被害が大きかった東北地方や関東地方の拠点を中心に復興の歩みを進めました。
そんな中、トヨタは2012年7月に関東自動車工業(株)・セントラル自動車(株)・トヨタ自動車東北(株)の3社を統合してトヨタ自動車東日本(株)を宮城県に設立しました。同社は、その後の東北地方を始め日本の復興を加速させ牽引する役割を担い、現在においてもトヨタの主力生産拠点の一つとして日本経済を支えています。
アベノミクスとCASEによる業界変革
2012年12月に第2次安倍政権が表明したアベノミクスとは「最大目標を経済回復と位置づけ、㈠ 大胆な金融政策、㈡ 機動的な財政政策、㈢ 民間投資を喚起する成長戦略、といった3本の矢によって日本経済を立て直す」という経済政策です。
自動車産業にとってもデフレスパイラル(物価が下落して経済も縮小する様子をあたかもらせん階段を下りる様に例えた表現)や円高(輸出時の価格が高まるため輸出産業の競争力低下要因の一つ)からの脱却が促されたことで、リーマン・ショックや東日本大震災といった危機からの業績回復に一定の効果があったと言われ、以降は自動車産業でも主要メーカーを中心に業績はおおむね右肩上がりで推移、その後の姿を消していたスポーツカーの復活やCASE(Connected:コネクティッド、Autonomous:自動運転、Shared&Services:シェアとサービス、Electric:電動化)変革に伴う投資の源泉確保、将来景気の好材料も見通せたことで新規開発や設備投資でもポジティブに働き、結果として自動車産業や日本経済が活性化したと評されています。
しかし、それらの追い風を持ってしても自動車産業にとってCASE変革の負担は重く、開発投資に対してリニアに結果がアウトプットされるステージにあるCASE領域は、資金力勝負の様相が強いため業界のアライアンスや資本提携に拍車をかけ、その一例として日本の乗用車メーカーは現在、トヨタと日産三菱とホンダの3つに広域グループ化されています。
コロナ禍による先の見えない時代
2019年末から世界的に広がった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)問題によって、世の中の多くの活動がストップ或いは縮小してしまい、自動車産業においても生産活動を中心に大きい影響を受けてきました。
特に半導体を中心としたサプライチェーンの機能不全によって、生産することができず納期遅れが発生、需要と供給のバランスが崩れ、一部のモデルの受注停止、中古車価格の高騰といった状況に至っております。
世界でロックダウンや緊急事態宣言が頻発した2020年度は、日本の自動車メーカー各社も生産の予測ができずに業績の見通しさえ提示ができないひどい状況でした。
そんな中、業界最大手のトヨタは営業利益5000億円(年)の黒字を死守すると、懸命の業績見通しを打ち出してサプライチェーンの安定化に務めたことで、結果的に自動車産業やさらには日本経済への打撃をおさえることに一定の成果をあげたと見られています。
生産は見通し(計画)無くしては実行できませんので、もしその発表が無ければ更に大きい痛手を自動車産業や日本経済は負っていたと想定されます。
トヨタは先ごろ会長が内山田 竹志氏から豊田 章男氏へ、社長が豊田 章男氏から佐藤 恒治氏へと経営のキャプテンが代替わりしましたが、同社が自動車産業と日本経済を牽引するリーダーシップと果たす役割は、想像を絶するほど大きいと思わずにはいられません。
カーボンニュートラルの実現とBrand Originality
これまで過去の自動車産業を取り巻く状況について振り返ってきましたが、ここからは今後のキーポイントと展望について予想してみます。現在の自動車産業にとって、最大課題の一つはカーボンニュートラルですが、LCA(Life Cycle Assessment:ライフサイクル全体、走行時のみならず製造時や廃棄などまでの全体が含まれる)で鑑みて、どういった方策を取るのが全体ベストか?という視点が非常に重要です。
具体的には地域やユーザーの用途によって選択肢が異なることを前提に、世界各国のエネルギー政策や原材料資源(貴金属、他)、それに伴う技術開発(電動化、安全化、低コスト化、他)、そして、世界に15億台以上存在していると言われる既存車両のカーボンニュートラル対応についてどうするか? といった全体を網羅した大きい計画が必要です。
特に発電リソースは国によって事情が異なり、石炭火力発電や石油火力発電、原子力発電や自然エネルギー発電など様々な形態があるため、生産時や走行時等の結果が変わってきてしまいます。
また非常に難しい問題である既存車両をどうするか? については、長年乗ってきた自動車を全て代替するのはグローバルレベルでの政府や自治体の推進及び補助金等の財源確保を考えても非現実的です。
すると一つの方策としては、走行時にCO2排出の無いBEV(Battery Electric Vehicle:バッテリー型電気自動車)の新車を市場に増やしつつ、用途(長時間、間隔を開けずに走り続ける必要があるや給電インフラが無い等々)によっては、従来からのガソリンや軽油(ディーゼル)を置き換えられる合成燃料(e-fuel)を始めとした代替燃料の使用やガソリンや軽油への配合も必要になると想定されます。
更にカーボンニュートラル対応にあたっては、いずれの施策を進める場合においても製造者とユーザーと行政の全てにコスト負担が伴いますので、廉価にできるエポックメイキング技術や各国政府による大規模補助金やエネルギー政策といった官民一体の取り組みが重要となるため、日本においては経団連に発足したモビリティ委員会がキーになると見ています。
言い換えれば、もはや自動車産業のみで検討しても限界で経済界として国家としてどのようにカーボンニュートラルを実現していくか検討する必要が高まって具現化したと言えます。
いずれにしても、CASEによって自動車産業の商品である自動車の機能やサービスの幅が広がった現在は、カーボンニュートラル対応のアプローチにおいてもブランドのオリジナリティが問われます。
製造者視点でもユーザー視点でもどういった自動車やサービスをブランドとして提供するのか? がポイントで、例えばBEVだったらこのブランド、代替燃料車だったらこのブランド、ハイブリッド車だったらこのブランドといった具合に世界大手規模のメーカーを除けば投資力の関係で必然的に明確化が進むと予測されますので、より一層にアライアンス強化や資本提携、吸収合併といった業界再編も起こりうると考えられます。
従ってどの市場(マーケット、仕向地)にブランドとして専念するのが自社にとって得策であるのか? とある程度絞って戦略を立てる必要があるため、これまでのようにグローバルありきの自動車産業の様相が少し変わる可能性もあるかもしれません。
日本においては、東京電力の福島第一原発問題が解決しない限りは、エネルギー政策として石炭や石油による火力発電中心の状況が急変するとは考えづらいため、高級車や近距離移動を中心にBEVが普及して、それ以外はハイブリッド車が進化、更には代替燃料車に置き換わるといった将来が予想されます。
今後の自動車産業についての展望
世界はウクライナ危機や再び北米の金融不安が高まっており、自動車産業の各社においても米中のデカップリングやカーボンニュートラルへの対応、将来に向けた各種不安材料や様々な経営課題が山積しており、これまで以上にユーザー(お客さま)のニーズ(需要)を着実に捉え、ブランドのオリジナリティを明確にした自動車やサービスをユーザーであるお客さまへ提供する必要があります。
伴って、近年の自動車産業においてもCX(Customer Experience:カスタマーエクスペリエンス)の重要度が高まり取り組んでいる企業が増えている背景には、各ブランドでその分析と対応に注力していることがあります。
自動車のグローバル需要(全需)の増加が、ブランド(メーカー)の生産と販売の拡大を上回っていた時代は過ぎたと考えられ、他のブランドと同じオリジナリティを掲げ事業を推進した場合にどちらかが淘汰される可能性は高く、技術や販売やサービスなど、いずれかの面でアドバンテージを持つブランドが生き残るといった、これまで以上に競争の激しい時代の到来が想定されます。
一方で政策と連動、各社で協調して取り組む必要がある課題も多く、他社ブランドと連携を強めつつも自社ブランドのオリジナリティや戦略、方針を明確に打ち出す必要があるため、広域グループの枠組みは更に拡大して協調領域が増えつつ、同時に競争領域も自動車の機能やサービスの多角化に伴って増えると予想しています。
参考リンク)
トヨタ自動車本社(トヨタ)
https://global.toyota/jp/company/profile/overview/
ALTO(スズキ)
https://www.suzuki.co.jp/car/alto/
目指す姿の実現に向けて(トヨタ自動車東日本)
http://www.toyota-ej.co.jp/company/realize.html#
役員人事について:会長及び社長(トヨタ)
https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/38665995.html?padid=ag478_from_kv
BEV:サクラ(日産)
https://www3.nissan.co.jp/vehicles/new/sakura/exterior.html
合成燃料(トヨタイムズ)
https://toyotatimes.jp/report/hpe_challenge_2022/005.html
NMKVオフライン式(三菱自動車工業)
https://www.mitsubishi-motors.com/jp/newsrelease/2022/detail5614.html
アベノミクス(首相官邸)
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/seichosenryaku/sanbonnoya.html