エグい…でもカッコイイ!独立式ランプが特徴の高級車「1962年型インペリアル」のAMT製プラモデル【モデルカーズ】

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”アメリカで最も入念に造られた乗用車”

インペリアルは、クライスラーの上級モデルであるクライスラー・インペリアル(1926年に初登場)が独立してできた高級車ブランドである。しかしその存立は1955~1975年型、1981~1983年型の間のみであった。

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第一世代の1955、1956年型は細部を変更したクライスラーでしかなかったが、1957年型からの第二世代では完全に別物となった。1957年型のクライスラー系各車は、デザイン担当副社長バージル・エクスナーによる”フォワード・ルック”で大成功を収めたことで知られるが、インペリアルはクライスラーとは完全に異なるボディパネルを使用し、しかも同社の5ブランド中唯一、サイドウィンドウに曲面ガラスを採用していたのである。

もちろんインペリアルも他ブランド同様セールスに恵まれ、製造も専用工場に移行。そして1960年型でクライスラー系各車はフルチェンジを行い、いずれもユニボディ(前後サブフレームをボディに結合したモノコック式)へ進化を遂げたが、インペリアルだけはフレームシャシー構造を堅持し、大幅にスキンチェンジを行うのみに留まった。これはやはり高級車らしい重厚な仕上げを目的とした措置であろう。テールフィンは一層大きく、高いものへと変化している。

しかし、この巨大なテールフィンはすでに時流から外れており、販売は落ち込みつつあった。1957、1958年型の評価は高かった反面、錆や部品の欠落など低品質が問題となったため、その印象を払拭すべく1960年型以降は”America’s most carefully built car”と謳っていたのも特徴だ。1961年型では戦前の自動車のような独立型ヘッドライトという特異なディテールが採用され、テールフィンは1959年型キャデラックを思わせる形に変更。そして1962年型でやっとテールフィンが削ぎ落とされた。

1962年型では、水平に伸びたリアフェンダーの上に、ヘッドライト同様ボディから独立したテールランプが鎮座していたが、これは1955、1956年型にも同様のディテールが見られる。エクスナー自身がショーモデルK-310などでも採用していた”ガンサイト・テールライト”と呼ばれる処理だが、フロントのフリースタンディング・ライトと相俟って、異様な存在感を放つこととなった。また、フロントグリルも第一世代同様の2分割デザインを採用するなど、そのスタイリングには原点回帰の意気込みが感じられたのである。

1962年型のラインナップは下からカスタム(2ドア/4ドア・ハードトップ)、クラウン(2ドア/4ドア・ハードトップ、2ドア・コンバーチブル)、ル・バロン(4ドア・ハードトップ)の3種。ハードトップには2/4ドアいずれにも「サザンプトン」のネーミングが与えられていた。また、セダンは前年型で廃止されている。ホイールベースは129インチ(3277mm)で全モデル共通、この年はリムジンは生産されていない。エンジンは413-cid(6.8L、340hp)一種のみであった。

オールドキットを細部に配慮しつつ仕上げる!
この頃のインペリアルはSMP/AMTから1/25プラモデル化されており、1960、1961年型はSMP、1962、1963年型はAMTとなっている。1962年型インペリアル・クラウンのキットは2ドア・ハードトップ(K-822)とコンバーチブル(K-812)が存在。また、レベルからは同じくインペリアル・クラウンの4ドアがキット化されている。ここでお目にかけているのは、AMT製インペリアル・クラウンの2ドア・サザンプトンを制作したものである。

キットはもちろん実車の形状をしっかりと再現しているが、若干グリーンハウスが平板すぎる印象だ。また、1961~1963年型の特徴であるフリースタンディング・ヘッドライトを持つフロント周り(バンパーやグリルなどのクローム部分)は驚いたことに一体の部品となっているのだが、そのおかげでフロント周り各構成要素の位置関係には、実車通りではない微妙なアンバランスさがある。完全に修正しようとすると大事になるので、ここはそのままとした。

ヘッドライト裏にあたるボディパネルは別パーツが付くのだが、完全なものではなく、グリルやバンパーとの間に隙間が空いてしまう。完全な対処は難しいため、ボディカラーをブラックとして目立たせないことにした。ボディ全体を見るとパネルごとの面の不揃いぶりは只事ではなく、フロントフェンダーとドアとでボディの幅が違って見えるくらいだが、これも対処は困難なため、段差がスムーズになるようペーパー掛けを行ったのみである。サイドのレインモールはモールドがつぶれていたので、0.5mm径のプラ棒を2本平行に貼って再現。

シャシーには車軸を通す孔がストック用とロワード用のふたつ開いているのだが、両方ストック位置に通すとフロントの車高が上がってしまうので、前車軸はロワード位置に通した。シャシー後端のツメが大きすぎてシャシーを前に押し出してしまうため、車軸位置が前方にずれてしまうので、これは当該部分を削って対処している。トレッドはキットのままで丁度良いが、実車のタイヤはもっと太い。適当なものが思いつかなかったのでこれもこのまま、特に変更はしていない。

エンジンはクライスラー300FやGなどのようなクロスラム・インダクション付きとなっているが、調べた限り実車にそのような設定はなく、またエンジン本体の形状もかなり違って見えるので、ジョーハンの1962年型ダッジ・ダートから流用、交換している。

SMP/AMTのインペリアルがエンジン付きとなったのはこの1962年型からのはずだが、ファイアウォールの補器(特にブレーキブースター)の形状が1961年型のもののようなので、これはジョーハンの1960年型デソートから流用。このデソートのエンジンルームのパーツは1962年型クライスラーと共通のものが付くのだが、再販で入れ替わったのだろうか? ラジエターのコアサポートはプラ材を接着して成形し上部を形状修正、これによりネジ留め部のふくらみを目立たなくしている。ラジエターも厚みを増したうえで取り付けを上方に移動。

ボディカラーをブラックとした理由は前述の通りだが、塗装はお手軽にGSIクレオスの缶スプレーで行った。ちなみに実車のブラックはカラーコードB、Formal Black。内装は実車のアラバスターホワイト・レザーを再現、これも缶スプレーを使用し、まずキャラクターフレッシュ、その上につや消し白を吹いて、すこしピンクがかった感じにしてみたが、実車はむしろ黄色味が強い感じであった。

作例制作=秦 正史/フォト=羽田 洋 modelcars vol.121より再構成のうえ転載

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