オーストラリア製サルーンに13Bを搭載
1970年代初め、日本の自動車メーカー数社は、ある共通点を持つプロジェクトに向けて動いていた。自分たちでは開発することが難しい大型高級車を海外(オーストラリア)から輸入し、自社のモデルとして販売しようという試みである。その結果として生まれたのが、三菱クライスラー318(1972年)、いすゞステーツマン・デ・ビル(1973年)であり、1975年に登場したマツダ・ロードペーサーAPであった。
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この中でロードペーサーが先行する2車と異なっていたのは、輸入した車両をそのまま販売するのではなく、自社製エンジンを搭載していた点である。自社のエンジンとは、マツダが誇るロータリー・エンジンのことだ。当時のマツダはスポーツカーから大衆車、マイクロバスにまでロータリーを採用する「ロータリゼーション」に邁進していた。その意味では、このロードペーサーもロータリゼーションの一環であったのかもしれない。
ロードペーサーのベースとなったのは、GMの子会社ホールデン(オーストラリア)のHJプレミアーである。プレミアーは本国ではインターミディエイト(フルサイズとコンパクトの中間)に属するモデルであるが、日本では3ナンバーの高級車として丁度よいサイズであった。いすゞとは異なり特にGMとの資本関係のなかったマツダは、このプレミアーのボディ/シャシーを部品として購入、そこへロータリー・エンジンを搭載したのである。
ロードペーサーに採用されたのは、ルーチェやコスモにも使用されていた13B型エンジン。排気量654cc×2から最高出力135ps/最大トルク19.0kgmを発揮した。本国でのプレミアーは3.3Lの直6や5LのV8を積んでおり、13Bが高性能エンジンであるとはいえ、少々非力な感が否めない。1.5tという車重、また低速域でのトルクに欠けているというハンデがあり、パワー不足はユーザーレベルでも実感できる欠点であったようだ。
プラ板工作でボディを作り上げる!
現在では「知る人ぞ知る」という感じのレア・カーとなっているロードペーサーだが、新車当時も影の薄い車種であり、それを反映してか、プラモデル化は皆無である。本国のホールデンもプラモというのはまず存在しないらしく、少量生産のレジンキットに兄弟車モナーロの2ドアがあるようだが、プレミアーはないようだ。そこで、このロードペーサーをフルスクラッチしてしまったのが、ここでお見せしている作例である。
スケールは1/24であるが、作者・坂中氏は何かのキットを芯にして制作するのではなく、プラ板でイチから完全に自作。その見事な仕上がりと制作の詳細については、写真とそこに添えたキャプションをご参照頂きたい。ボディの工作についてはちょっと変わった独自の工法を採用しているのだが、これについては後編の記事で触れることとしよう。