新世代トライデントからの招待状
2019年1月にプロジェクトがスタート。エンジンも含めた車両開発には総勢320名以上のエンジニアたちが携わったという、まさにマセラティの総力を結集して誕生したのがMC20。はたしてそのキャラクターはスーパースポーツなのか、それともグランドツーリングカーなのか――。
驚異的ハイチューンの”ネットゥーノ”を搭載
MC20、その車名はマセラティ・コルセ2020の略でもある。コロナ禍を筆頭に諸要因はあれど、2021年に発表にこぎつけたMC20がいよいよ日本に上陸した。
マセラティ・コルセの意はレーシングだ。フェラーリ・エンツォをベースとしたFIA-GT1のホモロゲーションモデルとして登場し、サーキットでも活躍したMC12以来、マセラティがレース活動の再開を表明した、その記念碑的モデルの位置付けも担っている。ちなみに、マセラティは先だって、2023年からのフォーミュラEの参戦を表明した。そしてMC20もBEV化を織り込み済みであることが公言されている。
これもまた時代か……と感慨にふけっている場合でなく、MC20にまつわる数多のトピックの中でも特筆すべき項目といえば、マセラティが設計し生産する全く新しい90度バンクのショートストローク3L V6ユニット”ネットゥーノ”を搭載したことだろう。
ネットゥーノのキーテクノロジーはプレチャンバーだ。これは燃焼室に小さな副室を設け、ピストン上死点付近で圧縮された混合気を押し込まれた狭い室内で点火することにより、燃焼室の火勢を高めるというもの。熱効率の向上とハイパワーを両立できるこの技術は古くはマスキー法をクリアした驚異的ハイチューンの”ネットゥーノ”を搭載ホンダのCVCCユニットで採用されたものの、三元触媒の普及でお蔵入りとなって以降、量産車実装はかれこれ半世紀ぶりとなる。
ネットゥーノは現代のF1でメジャー化されたこの高効率技術に着目し、低圧縮域をフォローするポート噴射の併用などと組み合わせることによって、市販車の柔軟性と究極的高性能とを両立した。3Lのキャパシティにして630psのピークパワーは、他ならばアルティメイト級モデルに比肩するハイチューンだ。そして4L級のライバルにも接近する730Nmの最大トルクも注目に値する。ともあれ、MC20は内燃機のロマンも携えることができた、ここに気持ちが入る好事家も多いだろう。
そのシャシーはカーボンファイバー製セルの前後にアルミセクションを設けた構造で、前述のプランに沿ってバッテリーやモーターのパッケージングも織り込まれている。特徴的なのは性能目標を数理モデル化した上で、自社開発のダイナミックシミュレーターを活用した台上の設計を大きく採り入れていること。これにより開発時間や工数を圧縮、そのリソースを実走テストに費やしている。
しなやかでしたたかなシャシー
端々の造形にMC12の面影が宿るスタイリングは、写真で見るよりも俄然情感が豊かだ。好戦的なデザインが多いミッドシップも、マセラティが手掛けるとこう纏まるかとそのエレガンスに感心させられる。一因は空力的な付加物がデザインにすっきりとインテグレートされていることだが、これはカーボンモノコックの製作でも協力するレーシングコンストラクター、ダラーラの風洞実験室で2000時間以上に及ぶテストによって磨き上げられた成果だという。
そんなエクステリアに協調するように、インテリアのデザインも極めてミニマルにめれている。個人的にはもう少しアクセント的な華のある造型でもいいのでは……と思うころもあるが、そういう期待値にはサルーンやSUVの側で応えますよというスタンスなのかもしれない。ただし使用されるマテリアルは上質で、部材の建て付けもしっかりしている。インフォテインメントは今後のマセラティの各モデルにも展開される最新世代がインストールされており、イタリアのハイエンドブランド、ソナス・ファベール製オーディオと組み合わせられる。
マセラティでは初となる跳ね上げ式のドアはバタフライ型で、左右方向にも広がるため駐車位置などにやや気は遣うも、乗降性は至ってスムーズだ。サベルト製のシートは束感が若干タイトめだが、ドラポジはオフセットや足元の窮屈感もない。前視界はクリーンでフェンダーの峰もしっかり見えるため車幅感覚は認識しやすい一方、後方視界はカメラ映像を映すモターミラーに頼ることになるが、その画質も高精細で夜間の視認性にも優れている。
リアのラゲッジスペース容量は100L。フロントのボンネット下にもスペースはあるが浅く、文字どおりの“小物入れ”となる。
走り出しで感じるのは路面アタリの良だ。微小入力域から立ち上がるダンピングに加えて、標準装着となるポテンザスポーツの縦バネ性もストリートユースに考慮していることが窺える。ただしバネレートはしっかり締められており、大きめの凹凸を通過する際には、カーボンのソリッドな反発感と共に車体は相応に揺すられる。
その発生回転域は3000rpm向こうながら、8速DCTに任せていると街中〜高速巡航域では1500rpm以下の領域も多用するほどトルクは豊か。が、その域で発せられる音は高速燃焼的な濁りのあるもので、燃費に効くとはいえ余り心地よいものではない。そこから2000rpm以上になると音も揃い始め、ちょっと独特の高音と共にタコメーターの針は7200rpmのレッドゾーンに一気に押し込まれていく。扱いにピーキーさはないが、その素早い吹け上がりと湧き上がるパワーの強烈さは700ps級の経験もあるドライバーも怯ませるほどだ。
ハンドリングは過剰なゲインの演出もなく努めて素直に躾けられたように伺えた。ロール量はこの手のクルマとしては気持ち大きめで、そのぶん公道レベルでもクルマの旋回状態がつぶさにドライバーに伝わってくる。全方位的なタイヤの特性もあって冬の山道でもメカニカルなホールディング感はしっかり感じられる一方で、空力的な押さえつけが必要以上にでしゃばることはない。機械式LSDも温まらない寒さでの試乗もあって真の性能は判断しかねるが、そんな過酷な気候でもスーパースポーツには似つかわしくないほどのニュートラルさが感じられたのは確かだ。思えば猛々しいエンジンにしなやかなシャシーといえば、代々のマセラティに相通じるコンビネーションでもある。MC20もその韻を踏んだのかもしれない。
【Specification】マセラティMC20
■車両本体価格(税込)=26,500,000円
■全長×全幅×全高=4669×1965×1221mm
■ホイールベース=2700mm
■トレッド=前1681、後1649mm
■車両重量=1500kg以下
■エンジン型式/種類=-/V6DOHC24V+ツインターボ
■内径×行程=88.0×82.0mm
■総排気量=3000cc
■エンジン最高出力=630ps/7500rpm
■エンジン最大トルク=730Nm(74.4kg-m)/3000-5500rpm
■燃料タンク容量=60L(プレミアム)
■トランスミッション形式=8速DCT
■サスペンション形式=前Wウイッシュボーン/コイル、後Wウイッシュボーン/コイル
■ブレーキ=前後Vディスク
■タイヤ(ホイール)=前245/35ZR20、後305/30ZR20
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