進化し続けるスポーツカーのベンチマーク
一般道をリラックスして流すようなGT的な走りをしている限り、このクルマは“ターボS”であることをことさらに主張せず、“911”であることに徹する。つまり走る/曲がる/止まるに雑味や過剰や不足がなく、ドライバーの操作に対して従順であるということ。しかしそれも伊豆のワインディングロードに入ってスポーティな運転を試すと様相がちょっと変わってくる。
650ps/800Nmというエンジンスペックは、深く考えずに扱うと素人には手に負えないパワーであり、そのポテンシャルを引き出すには相応のドライバーのスキルも不可欠となる。ただ、誰もがそんなスキルを持ち合わせているわけではなく、ポテンシャルとスキルのギャップを埋める必要が出てくる。そこで活躍するのが数々の電子制御デバイスだ。そもそも、ターボとターボSには4輪駆動しか用意されていないのは、RRの後輪だけではそのパワーを十分かつ安全に使いこなせないとポルシェが判断したのだろう。
4輪にしっかりとトラクションをかけることで挙動を安定させつつ、最大の加速を引っ張り出せるようにしているのである。通常の前後駆動力配分は10:90くらいでほぼRRで、あえて0:100にしていないのは諸説あるけれど、ひとつには常にわずかでもフロントにトラクションをかけておいたほうが、いざという時に前輪へ駆動力の移行が速やかに行えるからだ。速度域の高いところでは、駆動力の変化によるわずかなGの変化が、挙動に影響を与える場合もある。スムーズかつレスポンスよく可変させることが重要で、その点ポルシェはまったく抜かりない。
0→100km/はわずか2.8秒、最高速は330km/hを誇るパワーは4輪への万全なトラクションにより、ターボSを前へ前へと猪突猛進させようとする。それをうまく曲げてやるために控えているのが後輪操舵やトルクベクタリングだ。しかしそのタイミングや深度、介入と離脱の塩梅が適切でないとドライバーは違和感を感じ、挙動は不自然となってしまう。この違和感と不自然さをほとんど伴わない巧みな制御は、それを調律したエンジニアがクルマの理想的な走りを具体的かつ明確にイメージできているからだ。オープンボディだからボディの剛性感に若干の弱さが感じられるものの、そんなことは織り込み済みであり、操縦性に大きな影響も与えていない。現時点で911最強のターボSであっても、結局ケチのつけようがないのである。
911ターボSには、ポルシェ・セラミックコンポジット・ブレーキ(PCCB)が標準装備(911ターボはオプション)。同様のサイズのスチール製ディスクに比べ約50%の軽量化を実現。
誤解を恐れずに言えば、実は今回の試乗で伊豆に到着したころにはすでにちょっとだけ、そして山道を走り出してほぼすぐに飽きてしまった。少しだけイン側に寄せたいとか、わずかに制動したいといった微細なコントロールまでできて、ここまでドライバーの意思通りに動くと感動を通り越してため息が漏れる。「飽きる」という表現が適切なのかよく分からないけれど、完璧が過ぎるとつまらないような心境だった。いまだに911は数多のメーカーやエンジニアが目指すスポーツカーの完成形であり、当の911はなおも進化を遂げている。それを自分ごときが「飽きる」と言ったら、きっと911に怒られるだろうな。
カブリオレモデルは、ガラス製の固定式リアウインドーを備えた、自動開閉式のファブリック製コンバーチブルトップを装備。開閉に要する時間は、いずれも約12秒。速度が50km/hまでであれば走行中でも開閉が可能で、電動式のウインドディフレクターも備わる。