メルセデス・ベンツのGクラスといえば、世界でも有数の高級SUVとして知られているが、その前身・ゲレンデヴァーゲンに、なんとプジョー版が存在したことをご存知だろうか。
誰もが知る有名なメーカーが出していた「知られざるクルマ」をお送りする第1回は、“まさか” のコラボで生まれた「プジョー P4」でスタートしたいと思う。
ゲレンデヴァーゲンのプジョー版「P4」
Gクラスは高級SUVであり、かつ本格的な4輪駆動車でもある。悪路走破性が高いのは、Gクラスが元来軍用車として開発されたというルーツを持つためだ。1979年にデビュー当時はドイツ語で「オフロード車」を意味する「ゲレンデヴァーゲン」と呼ばれており、現在の呼称「Gクラス」の「G」は、もちろんこのGelandewagenに由来する……というのは、もはや説明の必要もないだろう。
そのGクラス=ゲレンデヴァーゲンに、プジョー版の「プジョー P4」なるモデルが存在することは、ほとんど知られていないのではないだろうか。ではなぜ、フランスのプジョーがメルセデス・ベンツの、しかもゲレンデヴァーゲンを作ることになったのだろうか。その理由には、やはりゲレンデヴァーゲンが「生まれた理由」に関係があるのだった。
フランス陸軍は戦後、小型車両としてアメリカのウイリスジープ、およびそれをオチキスがライセンス生産した「オチキスM201」を使用していたが、1960年代後半になって、これら1万台近いジープを新しい車両に代替する必要に迫られた。そこでフランス陸軍は自国・フランスの各メーカーに開発を依頼したが、ルノー、プジョー、シトロエンともに独自の車両は開発せず、海外メーカーの車両を手直しして、軍部の要求と仕様に答えることとした。
ルノー・サヴィエムグループは、フィアットの4WD「カンパニョーラ」にルノー20のエンジンを積んだ「TRM500」を、プジョーはメルセデス・ベンツ のゲレンデヴァーゲンをアレンジした「P4」を、シトロエンはVWの「タイプ183・イルティス」のエンジンを「CX」用のOHCユニットに置き換えた「C44」を用意して、コンペに臨んだ。そして、紆余曲折の結果、フランス陸軍はゲレンデヴァーゲンのプジョー版・P4を選択。1981年から正式採用されることになった。
外観はゲレンデヴァーゲン、エンジンはプジョー
1982年から、フランス北部にあるプジョーのソショー工場から送り出されたP4だったが、プジョーではメルセデス・ベンツ が作ったボディに、504 のガソリン/ディーゼルエンジン・604 のトランスミッションを載せ、塗装を行なって出荷していた。つまり、厳密には生産ではなく、「組み立て」だった。これは、P4の生産をメルセデス・ベンツ とプジョーが50:50で担当する、と合意したことによるものだ。
外観は、基本的にはゲレンデヴァーゲンを踏襲するが、P4オリジナルデザインとなった灯火類のナセルには、四角いヘッドライトと車幅灯・ターンシグナルが収まり、独特の表情を醸し出す。グリル中央にはプジョーマークが鎮座し、P4がプジョー・ファミリーの一員であることを強調していた。
当初は15,000台の生産を予定していたが、軍の縮小などを受け約13,500台に台数が減らされ、しかも1985年からは生産自体がパナール(世界最古の自動車メーカーのひとつ。現在は軍用車メーカーになって存続)に移管した。現在では最初の投入から40年近くが経っていることもあり、代替車両の「PVP(petit véhicule protégé=小型防護車)」や「フォード・レンジャー」などが、P4をほぼ置き換えている状態だという。
なお、プジョーP4は、いわゆる民生用として市販モデルが販売されたが、その台数は多くなく、貴重な存在となっている。ゲレンデヴァーゲンと同様、市販型にも鉄製屋根・ドアを与えた仕様も作られたが、数はさらに少ないと思われる。
最後に、面白い話を。
実は、フランス陸軍がメルセデス・ベンツ ゲレンデヴァーゲンの亜種を採用した一方で、当時のドイツではなんと、VW イルティスがゲレンデヴァーゲンを打ち破って正式採用を勝ち取っていた。なんという興味深い話!
そこで次回の「知られざるクルマ」は、これまた誰も知らない一台、VWの知られざるオフローダー「イルティス」をご紹介したい。ゲレンデヴァーゲンにコンペで勝ったイルティスは、現在のアウディ・クワトロに通じる、VW・アウディグループの隠れたエポック車両だった……というお話。どうぞお楽しみに。