小さな断片から自動車史の広大な世界を管見するこのコーナー、今回は、イタリアの戦後間もない暗い夜空に、大輪の花火のように輝いた、チシタリアの短命なれど華々しかった活動に思いを馳せたい。
ポルシェとアバルトを結ぶチシタリア204
チシタリアの創始者ピエロ・ドゥジオはトリノの南、アスティで生まれたピエモンテ人。エンツォよりも1歳年下だが、実業家として成功し、レーサーとしても活躍した。アマチュアとはいえ、マセラティを駆ってイタリアGPやトリポリGPで上位に入り、ミッレミリアでは’37年にシアタ・トポリーノでクラス優勝、’38年にはアルファロメオ2900Bで総合3位を獲得している。
ドゥジオは、戦争の末期から、ダンテ・ジアコーザを自らのヴィラに招いて、レーシングカーの設計を始めたが、戦争が終わると、ジアコーザはフィアットに呼び戻されたため、新たにフィアットの航空機部門にいたジョヴァンニ・サヴォヌッツイを設計者として招聘した。サヴォヌッツイは自ら運転もして実践的に開発を進めることのできる設計者であった。また、戦前からドゥジオの信頼が厚かったピエロ・タルフィも、エース・ドライバー、開発ドライバー、チーム監督をこなしつつ、サヴォヌッツイとの息も合っていたので、チシタリアは登場したときから、完成したレーシングカーとして連戦連勝をした。それはチシタリアとチシタリアの関係者にとっては、黄金の日々だった。
ところでチシタリアの栄光の日々が始まってまもなく、ピエロ・ドゥジオのもとに悪魔の囁きのように魅力的な話が舞い込んできた。それは戦前末期のグランプリを席捲したアウトウニオンGPの設計チーム、すなわちポルシェ設計事務所からの売り込みだった。橋渡し役のひとりは、相対的に競争力のなくなったアルファロメオから離脱してアウトウニオンGPチームの一員となり、戦前最後のグランプリで勝利を重ねたタッツィオ・ヌヴォラーリだった。彼自身が戦後のグランプリに復帰するためのクルマを探しており、ポルシェの開発に期待を抱いていたのだ。
早速、ポルシェ設計事務所の代理人として、ルドルフ・フルシュカとカルロ・アバルトがチシタリアに入り込み、グランプリカーの開発に取り掛かった。その時からチシタリアのチーム・カラーも、イタリアン・レッドからジャーマン・シルバーに変更されている。新設計陣によって204が用意されたが、フロント・サスペンションは開発中の356と同型の2本のトレーディングアームが採用された。重心が低められた204は202以上のポテンシャルを持ち、多くのレースで優勝した。この204が、最初のアバルトとなった。というのも、ポルシェに多額の設計料を支払い(これを資金として、連合軍に拘留中の老フェルディナント・ポルシェの保釈金として用立てた)、さらにグランプリカーの開発費が予想以上にかかったゆえに、資金繰りの問題に見舞われたドゥジオは、チシタリアを清算して、レース部門をアバルトに譲り、自らは何台ものチシタリアを携えて、アルゼンチンに新天地を求めたからだ。
ところで、チシタリアから生まれたのはアバルトだけではなかった。ポルシェ356も、ある意味ではチシタリアの存在なくしては生まれなかったかもしれないのだ。なぜなら、ドゥジオからの巨額の資金や、開発に関連して派生したパテント料という収入を開発費にあて、またチシタリアのちっぽけな工場でも202のような高品質のスポーツカーが生産できることを目の当たりにして、自らの356の生産が勇気付けられたのだから。
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