【大矢アキオの イタリアでcosì così でいこう!】町がいきなり脚光!これ、フェラーリのおかげです?

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ヴォルテッラのグリーン

フェラーリは2022年2月、新色「ヴェルデ・ヴォルテッラ(ヴォルテッラ・グリーン)」を追加した。グリーンだが、外光によって赤から黄金色までさまざまな色に見た目が変化する。パーソナライゼーション・プログラムである「フェラーリ・テイラーメイド」専用色として設定。「SF90ストラダーレ」「SF90スパイダー」「296GTB」、および限定モデルの「812コンペティツィオーネ」「812コンペティツィオーネA」の顧客が指定可能だ。

フェラーリ・テイラーメイドに設定された新色「ヴェルデ・ヴォルテッラ」。

新色はフェラーリが2022年1月からリリースしている特別カラー「カヴァルケード10周年記念コレクション」のひとつとしてリリースされた。Cavalcade(騎馬隊)とはフェラーリがイタリアで主催しているオーナー向け走行会。過去の訪問地にちなんで、他にも白の「ビアンコ・クールメイユール」、青の「ブルー・カプリ」、赤の「ロッソ・タオルミーナ」、シルバーの「アルジェント・シラクーザ」の4色が発表されている。

ヴォルテッラはイタリア中部トスカーナ州の町名。カヴァルケードは2013年大会で同地を目的地にした。「田園地帯の深い緑と土の色調を想起させる色」とフェラーリは新色を解説している。今回はこの新色にまつわる、意外な“インパクト”を記そう。

絵はがきの定番風景

このフェラーリの新色に、スポーツ系メディアや自動車メディアに匹敵する反応を示したのは、ヴォルテッラの人々である。トスカーナ州の公式ニュースサイト「イントスカーナ」は2月14日付で「フェラーリ、トスカーナ州を称え、ヴォルテッラ・グリーンのカラーリングを発表」の見出しとともに伝えている。同じく「ヴァルデルサ・ネット」も、「虹色に輝くカラー、ヴェルデ・ヴォルテッラをまとったフェラーリの登場」と報じた。地元の観光局も公式SNSで紹介した。普段は自動車の話題はあまり取り上げない媒体・団体がこぞって紹介したのだ。

外装色とコーディネイトされたインテリアのイメージ。

そもそも筆者個人がこのニュースを最初に知ったきっかけも、フェラーリの公式リリースではない。ヴォルテッラに住む二十年来の知人からの電話だった。言っておくが、本人はカーエンスージアストではない。すでにリタイアした70代女性である。ヴォルテッラという町について、もう少し詳しく説明しよう。行政区域でいうとトスカーナ州のピサ県に属し、ピサ空港から約60km、およそ1時間である。筆者が住むシエナからも同様にクルマで1時間ほどの距離にある。

一見モスグリーンだが、外光の変化により、赤から玉虫色まで、さまざまな色に見えるという。

旧市街は海抜541mの丘の上にある。まず紀元前4世紀から紀元前1世紀にかけてエトルリア人によって栄えた。北上してくるローマ軍に対抗するための軍事拠点としての機能も果たしたものの、のちにローマ化が進み、5世紀にはキリスト教司教区が置かれる。
13世紀にはコムーネ(自治体)としての独立性を獲得したが、フィレンツェ軍との長い攻防の歴史を繰り返したあと、16世紀に誕生したトスカーナ大公国に吸収された。

こうした経緯をもつ町ゆえ、郊外にはエトルリア時代の墳墓、歴史的旧市街の脇には古代ローマ劇場、そして市役所は中世様式、貴族の館はルネッサンス風、とあらゆる時代の残像がみられる。

今回発表された他の新色と合わせ、フェラーリ=赤という既成概念を覆してゆく尖兵となりそうだ。

アラバスター石や岩塩の採掘でも長年知られ、町中の工芸品店や土産物店には、今でも数々のアラバスター製品が並ぶ。同時に、緑の丘が幾重にも連なる風景は、観る者誰にも雄大という言葉を想起させる。絵葉書の風景にも、たびたび取り上げられている。

久々の朗報

ただし観光客が年間を通じてわんさか、という場所かというと、そうではない。ドイツやオランダなどアルプスを越えてきた客で賑わうのは春の復活祭休みから夏の終わりまでに限られる。背景には交通の便の悪さがある。鉄道は遠く1958年に廃止され、周辺都市をつなぐ公共交通機関は路線バスのみだ。それも本数は極めて限られる。

ヴォルテッラ市街。ラ・スパレッタと呼ばれる断崖に設けられた広場は、市民と観光客双方にとって憩いの場だ。

自動車で向かうにも、対面通行のきついカーブが40km近く幾重にも連なっている。ライダーにとってはそれなりに楽しいようだ。また、郊外では地元愛好家たちにとって毎年ヒルクライムが開催されてきたし、年によってはミッレミリアのルートに選ばれたこともあった。

石畳にみられる貝の化石は、古代に一帯が海だったことを示す。

しかし、一般の4輪車ドライバーにとってはけっしてリラックスして運転できるルートとはいえない。とくにキャンピングカーで到来した外国人観光客にとっては苦痛であるし、アップダウンも激しく同乗者が車酔いしやすい。

郊外からヴォルテッラを望む。町の歴史は、紀元前のエトルリア時代に遡る。

そもそも標高が高いので、冬は他のイタリア中部都市に増して寒い。1月と2月の平均気温は5℃にしか上がらない。観光客目当ての店は休業してしまう場合が多いので、さらに街路は寒々しくなる。前述の知人のおかけで、さまざまな季節にヴォルテッラを訪れたことがある筆者は、そうした夏と冬のコントラストを嫌というほど見てきた。

鉱物資源にしても外国産の安価なものに対抗できず、雇用創出は期待できなくなった。そうしたことから人口は2001年には11,384名だったものが直後に右肩下がりを続け、2020年には9830人まで減少してしまった(出典:イタリア統計局)。

古代ローマ円形劇場。紀元3世紀末に放置され、続いて温泉施設として使われたが、再び発見されたのは1950年代になってからだった。

そこに追い討ちをかけるように2020年から新型コロナウィルスの移動制限やイタリア入国規制が襲った。頼みであった観光も壊滅的な打撃を受けてしまった。

逆境の中で、クールメイユール、カプリといった著名高級リゾートと並んで、ヴォルテッラの名前が選ばれたことは、地域の人たちにとって久々の朗報だったのである。
実際、さきほどの地元メディアは、「ヴォルテッラの緑」だけでなく、他都市名にちなんだ塗色も紹介している。我が街がセレブの保養地と一緒に、フェラーリに選ばれちゃったぜ、イェーイ!」という歓喜が伝わってくる。

日本車も、いけるかも

フェラーリに話を戻そう。「マラネッロ」「モデナ」といった車名が付いていた時代と異なり、近年はフェラーリゆかりの地と関係が希薄な「ローマ」が車名に用いられるようになった。今回の新色も、ブランドの歴史とは繋がりが薄い。筆者はその背景に、近年のフェラーリのトップ・マネジメントがあると考える。

フェラーリのカヴァルケード2013記録フォトから、ヴォルテッラのプリオーリ広場にて。

2020年までCEOを務めたルイ・カミッレーリはマルタ人ながらエジプト育ち。スイスで学位を取得したあと、たばこ製品で知られるフィリップ・モリス・インターナショナルでキャリアを積んだ人物であった。2021年秋に同じくCEOに就任したベネデット・ヴィーニャは半導体の多国籍企業「STマイクロエレクトロニクス」からの転身である。会長でフィアット創業家出身のジョン・エルカンもパリ育ちで、自動車業界に入る前はフランスや米国での経験が豊富だ。

ヴォルテッラを囲む丘。こうした緑と大地の色が、フェラーリ・テイラーメイドの新色設定にあたって、インスピレーションを掻き立てたに違いない。

何を言いたいかといえば、彼らから醸成される社風は「イタリアにどっぷり浸かっていない人ならではの視線」である。ヴォルテッラのようにイタリア人にとっては何気ない地名でも、十分に外国人には訴求力あるネーミングになり得るということをセンスとして心得ているのだ。イタリアには、景勝地があまたある。これから、とんでもない近所が車名になってしまうのではないか、と密かに楽しみにしている筆者である。

風景は時間帯によって、刻々と色彩に変化を見せる。

最後にもうひとつ。日本のインバウンド政策のおかげで、日本観光を経験したヨーロッパ人の数は過去10年ほどで大きく伸びた。筆者が日本人だとわかると、たちまち旅行の思い出話をしはじめる人が増えたことでも、それはわかる。もはや一部の知日派が源氏物語や黒澤明ついて語っていた時代とはまったく異なる。
日本の自動車ブランドも、海外市場で「Ginza」「Harajuku」「Shibuya」といった駅名のような車名をつけても、十分受ける下地はもはや整っている。いや、「Kyoto」「Fujisan」もいけるかもしれない。おっと、脱線し始めたので今回はこのへんで。

フォト=Ferrari、大矢アキオ

この記事を書いた人

大矢アキオ

イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを学び、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK「ラジオ深夜便」の現地リポーターも今日まで21年にわたり務めている。著書・訳書多数。近著は『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)。

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