その名は「異例」
イタリアのスライガレージ・ファクトリーは、オリジナルの2座スポーツカー「アノマリア」を2022年2月初旬にサンレモで公開する。Anomalyaとはイタリア語で「異例」を意味するanomaliaに基づいた造語である。
ミッドシップのエンジンは、ポルシェ・ボクスター986の水平対向6気筒24バルブ3200ccを自社チューンしたものだが、スチール+カーボン製シャシーと同じくカーボン製ボディはオリジナルだ。事前公開されているスペックによれば、0-100km/hは4.4秒、最高速は270km/hに達する。10台が限定生産される。
スライガレージは、スライ・ソルダーノ氏が2015年に仲間とともに設立した企業だ。イタリアの自動車産業といえばトリノとエミリア=ロマーニャ州が有名だが、同社は中部ルッカ県をベースとしている。筆者が住むシエナと同じトスカーナ州である。その地でソルダーノ氏は、約30年にわたりハイ・パフォーマンスカーのエンジン・チューニング工房を主宰してきた。
参考までにルッカは、イタリアの代表的オペラ作曲家のひとり、ジャコモ・プッチーニ(1858-1924年)の故郷である。彼は世界の作曲家のなかでもいち早く自動車に目覚め、ランチアなどを次々と購入しては乗り回していた。勢い余って事故まで経験している。郊外の別荘との往復にもクルマを使っていた。もし彼が生きていたなら、このご当地産品にさっそく試乗していたかもしれない。
電子至上主義へのアンチテーゼ
アノマリア開発の原点は、ソルダーノ氏がチューナーとしてポルシェ、ベントレー、フェラーリといった車と日々接しているうちに感じ始めた、ある印象だったという。
「クルマが現代的になればなるほど、ブランド創業者たちが作り上げたオリジナルのキャラクターを感じられなくなることでした」
ソルダーノ氏は、筆者に説明を続ける。
「今日の自動車はソフトウェア・レベルで簡単に管理できます。ただし、その驚くべきサポートの恩恵で、技術的・機械的な精巧さを放棄できるのです。現代のハイパーカーは、電子技術を駆使することで、ドライバーを単なる乗員に変えてしまいました。同時に、極めて簡単に運転することができます。クルマ本来の性格が薄められるばかりか、欠点さえも隠されてしまうのです」
プレスリリースで補足すれば、彼はマーケティング的側面からも今日のハイパーカーを批判している。「経済力のある人なら誰でも買って乗れるように、より扱いやすくしているのです」。そして「スーパーカーの購入が見栄のためだけであれば、その選択は正しいのでしょう」と辛口に結んでいる。
そのうえで、あなたが思い描いたスポーツカーとは?
「車両自体のキャラクターを歪めてしまう電子的妥協をする代わりに、空力的計算、重量配分など今日活用可能な最大限の技術や研究、マテリアルを駆使して優れた操縦性を実現することでした」
そして、こうも語る。
「アノマリアは、ドライバーを中心に設計された、いわばトーイです。30年の経験と3年半の歳月、そして現代のテクノロジーが可能にする、操縦安定性とドライビングプレジャーの向上のためのあらゆる要素が盛り込まれています。そこには一切の“フィルター”や“嘘”はありません」
アノマリアから感じることができる、イタリアの伝統とは?
「イタリア車の大半は、レースの歴史に名を残してきました。そうしたなか、私たちのクルマは、かつてのイタリアン・ハイパーカーにみられた個性、ハンドリングそしてマインドの絶妙なミックスを再現しています」
ところで、ボディのデザイナーは?
「私自身が手掛けました。まず、幻想的なポーズの美女の写真から着想を得ました。誰であるかは秘密です!そこからは車両重量と空気抵抗をのみを考慮しながら、すべてを調和させるべくソフトなラインを描き始めました」
「異例」というネーミングに込めた思いは?
「現在の一般的なクルマを支配する不文律すべてに囚われないという意味です」
アノマリアは2022年2月、サンレモで開催される歌謡音楽祭期間に市内のホテル「デ・アングレ」で公開されることがリリースされている。以後の販売チャネルは?
「外部パートナーの協力を得て、世界中に販売店を募集しています。中国では『SGF』というブランド名で登録しています」
1990年代への回帰
かくもこのトスカーナ製スポーツカーは、一見エキセントリックだが、造り手のかなり熱い思いが秘められていた。イタリアのテレビ報道によると、スイス、ドバイ、ベルギー、ボリヴィア、米国からオーダーが来ているという。
ソルダーノ氏は、このような話も披露してくれた。
「私が知る限り、90年代のスポーツカーは、工学技術をクルマに応用した点で最高点に達しています。後年クルマを支配することになる“電子の神様”の力を借りずに、レースカーにふさわしいハンドリングを唯一実現したのです」そして、こう語った。「その好例が初代ホンダNSX です」
たとえ少量生産でも参入が容易ではない自動車の世界でもはや1990年代が憧憬の対象となり、それも32年前の日本車がリスペクトされていたことに、少なくとも驚きを禁じ得なかった筆者であった。
サンレモで、果たしてソルダーノ氏の力作がどのような評価を得るのか、見守ることにしよう。
この記事を書いた人
イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを学び、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK「ラジオ深夜便」の現地リポーターも今日まで21年にわたり務めている。著書・訳書多数。近著は『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)。
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