【大矢アキオの イタリアでcosì così でいこう!】【動画】フィアット500の「庭」と「家」がトリノに出現! 新施設の「ラ・ピスタ500」&「カーザ500」リポート

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テストコースに植物4万本

「ラ・ピスタ500」「カーザ500」とは、ステランティス・グループのフィアット・ブランドが2021年9月トリノにオープンした新施設である。場所は、旧市街の南にあるフィアット旧リンゴット工場だ。
フィアットの創業者ジョヴァンニ・アニェッリ(1世。1866-1945)によって立案され、1923年に落成した。米国フォード工場視察の成果として大量生産時代を見据えたものだったが、フィアットはそれを全長507.3メートル・全幅80.5メートルの巨大5階建てビルで実現した。

下階で製造したさまざまなパーツを最上階で艤装し、最後に全長約1キロメートルのバンク付き周回テストコースで走行試験を実施するという、世界に類を見ないユニークなものだった。完成時には、ヨーロッパ最大級の工場であった。

旧屋上テストコースは、建築家S.ボエリによって、巨大な庭園に生まれ変わった。左奥は、2015年に完成したピエモンテ州庁舎ビル。

1982年に初代「ランチア・デルタ」を最後に閉鎖されるまで、リンゴット工場で生産されたモデルは、80に及ぶ。翌83年からはイタリアを代表する建築家レンツォ・ピアノによって、ビルを維持するかたちでの再開発が開始された。そして1990年代後半には、ホテル、ホール、オフィス、シネマコンプレックスや商店を包括する巨大商業施設が次々とオープンしていった。現在では、トリノ工科大学の一部学科やピニンファリーナの一部門もテナントとして入居している。

右奥にはピエモンテの山々と、2006年トリノ冬季五輪のため建設された競技施設「オーヴァル・リンゴット」が見える。

今回オープンした「ラ・ピスタ500(チンクエチェント)」は、旧テストコースを改装し、2万7千平方メートルに200種類・3万9788本の植物を植えたものである。ブランドによれば「ヨーロッパ最大の屋上庭園」という。

当初は、2020年に発表されたBEV「500e(ヌォーヴァ500もしくは500エレットリカ)」のプロモーション用として計画したが、フィアットと共に歩んだトリノの街および市民に還元する意図から、スカイガーデンに変更したという。監修は、世界的な話題を呼んだミラノのビル「ボスコ・ヴェルティカーレ(垂直の森)」を設計した建築家ステファノ・ボエリが担当した。

東側に残るフィアットの歴史的本社棟。2014年まで登記上の本社は、ここにあった。

これまで旧テストコースは、ヒストリックカー・イベント会場のほか、一時は館内にあるホテルの宿泊者向けジョギング・コースとして使われてきた。だが、ラ・ピスタ500は改装後初の半恒久的施設となる。

幸い筆者は、2021年11月初旬の特別公開の機会に撮影できた(11月末現在、ラ・ピスタ500への入場は、後述する絵画館のチケット購入が必要、かつアクセス可能エリアを制限して公開中)。

旧屋上テストコースの左右に備えられたバンク。

地上28メートルの庭園からは、2006年トリノ五輪のとき完成した人道橋アーチが見える。汽笛とともに走る列車は、当時ここから完成車が貨車輸送されていった時代をほうふつとさせる。反対側に回ると、隣接するフィアットの歴史的本社棟も見下ろすことができる。

3世代の歴史を凝縮

もうひとつの新施設「カーザ500」は、1957年と2007年の500、そして2020年の500eという3世代に焦点を当てた展示スペースである。再生オーク材が多用されたスペースは、8つのゾーンに分けられている。展示面積は700平方メートル。館内に入れば、一度に見渡せるような規模である。だが、よく観察すると、なかなか奥深い内容だ。

フィアット500eの特別仕様である(500RED)。企業の販売収益の一部を慈善活動に役立てるムーブメント、(RED)に賛同した企画である。

中央に据えられているマホガニー製モデルは、1957年モデルのプレス型製作の元となったものだ。各部の正確な曲面からは、今日コンピューターによって行われる同様の作業を、手で実行していた職人の高度な水準が窺える。

1957年モデルのプレス型製作の元となった木型。

そうした造られた1957年500のボディパネルは、強度や軽量性だけでなく、プレスの際に捨てる部分が少ない、すなわち歩留まり率の高さが熟慮されていたという。昨今のトレンド・ワードである「サステイナビリティ」を六十数年前から実践していたのである。

「Made in Italy」のコーナー。フィアット500同様、実用性と美しさを兼備し、人々の生活を変えたデザインの作例が並ぶ。

壁面には、1957年500Nの復元が埋め込まれている。限られたボディサイズに最大限の室内空間を生み出す努力が、シートをはじめとする各部のデザインに確認することができる。

壁面に埋められた1957年フィアット500N(複製)。

傍らにある500Lの4面図には、エンブレムをはじめとする各部に修正の跡が残り、開発時の試行錯誤が偲ばれる。各パーツの形状が、その後2世代にわたってリファインされながら、継承されてゆくことを示した実物展示も興味深い。映像コーナーではフィアット500の生産風景など、貴重な動画資料が流れている。

フィアット500Lの4面図。

いっぽうポスター・コレクションは、オリジナルでないのが惜しい。だが、キャッチフレーズや機能説明を一切廃しながら、自動車のある暮らしを的確に訴求していたことがわかる。かくもコンパクトなスペースながら、ひとつひとつの展示物を丁寧に見ると、それなりに時間が経つのは早い。

絵画館常設展フロアへの階段に展開された「ポスター・コレクション」。

なお、カーザ500への入場には、既存の絵画館「ピナコテカ・アニェッリ」のチケットが必要だ。こちらには、フィアット創業家3代目であるジョヴァンニ・アニェッリ(1921-2003)と妻マレッラが生前に収集した美術コレクションが展示されている。

映像コーナーの一部をソファに座って鑑賞する筆者。

全25点のなかには、イタリア未来派美術の旗手ジャコモ・バッラによる1913年《抽象的速度》といった、自動車時代のスピード感をいち早く捉えた作品も収蔵されている。たとえファミリーの財団を通じた間接的なものとはいえ、プロフィット(利益)の使い方に、ある種のセンスを感じさせるのがフィアットだ。

【Casa 500 (Pinacoteca Agnelli内)】
Via Nizza 230/103 – 10126 Torino
開館時間 10:00-19:00 (最終入場は18:15)
12月31日と1月1日は開館時間短縮
休館 月曜、12月24-25日
料金 一般12ユーロ
https://www.pinacoteca-agnelli.it

文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
動画 大矢アキオAkio Lorenzo OYA/大矢麻里 Mari OYA

この記事を書いた人

大矢アキオ

イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを学び、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK「ラジオ深夜便」の現地リポーターも今日まで21年にわたり務めている。著書・訳書多数。近著は『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)。

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