昨年9月に発表されたフェラーリ最新のV8モデル、F8トリブートのオープン版「F8スパイダー」が上陸した。いまや希少ともいえるリトラクタブルハードトップを備えたその走りは、どのような進化を遂げていたのか。
数値や計算では表せない理屈抜きの速さがある
フェラーリF8スパイダーで真っ先に驚いたのは、さらに進化した快適性だ。488の時にも快適で扱いやすいと感じたが、それが一段と押し進められた感がある。
特に乗り心地の良さが印象的で、20インチサイズのタイヤ&ホイールを履いたスーパースポーツとは到底思えないほどしなやかだ。また屋根を閉じていればクーペのF8トリブートとほぼ変わらぬ空間を実現し、開ければ究極のオープンエアモータリングを提供する。
そうした視点から見ると、これは日常使用を全く厭わない快適性を備えたモデル、とさえ言える。
720ps/770Nmのスペックを持つ3.9LのV8ツインターボユニットは、488のデビュー時にターボ化されて賛否両論が巻き起こったが、今回はさらにGPF(ガソリンパティキュレートフィルター)も装着し、より環境に対応したものとなった。
だが同時にコンロッドをチタン製としたほか、クランクシャフトやフライホイールの軽量化、さらに吸気系の高効率化や制御の進化などで、むしろキレ味の鋭さは増したと言って良いだろう。実際、アクセルを踏み込んでいくと、NA時代の甲高いサウンドや回転の鋭さこそないものの、トルクは瞬時に供給されると同時に、伸びやかさを見せつけてくれる。
しかしながら、このエンジンも普段使いでは穏やかなことこの上ない。デフォルトの「SPORT」モードでは、街中を流すとすぐに7速までシフトアップ、低回転で燃費に貢献する。またターボゆえ、低回転で力があるので扱いやすく、同時にサウンドもほとんど響かないので拍子抜けするほどだ。
こんな具合でF8スパイダーは、普段使いをする限りはもはやフェラーリであることを意識させないとすら言える(いや言い過ぎだが)のだが、この快適性の高さは、ドライバー次第で即座に官能に満ち溢れた世界へと一変する。
試しにアクセルを素早く踏み込むと間髪入れず、その状況で最も低いギアへとシフトダウンされ、同時にエンジンはまさに目覚めていななく。ブレーキ操作も同じで、強く鋭い制動を与えるとやはりシフトが間髪入れずダウンし、次のダッシュへの準備が整う。
また操舵でも同様。操舵速度が早まると、クルマがそれを感知、サスペンションの動きも生まれ変わって俊敏さを見せる。このあたりはサイドスリップコントロールシステムやFDE+(フェラーリダイナミックエンハンサープラス)の効果なのだろう。
8000rpmまで鋭く回るエンジンは、もはやターボユニットとは思えぬもの。決して小さくないボディは軽々と前へと推し進められる。そして操舵していくと、極めてしなやかな動きのサスペンションで、鮮やかな姿勢変化を見せつけてコーナリングしていく。しかもそれがオープンエアで味わえるのだから堪らない。
たとえモードを変えずとも、ドライバーの操作に応じて穏やかな走りから究極の官能まで一気に変わるあたりは、まさに馬を操っているようで、こちらの気持ちに応じてクルマも意識を変えるようなフィーリングだ。ただそんな感覚だけに、F8スパイダーの走りにはどこか、完全に自分の思い通りにはならないかもしれない野生が宿っているようにも思える。
そんな様をして、以前に試乗したポルシェ911ターボSカブリオレとは対極の存在だな、と思えた。ポルシェはどこまでもロジカルで、ドライバーの操作に対して極めて忠実で理路整然と速い。忠誠心の高さを感じる。それと比べるとF8スパイダーは、数値や計算では表現できない理屈抜きの速さがある。だが、それを感じとり、御したくなるところがフェラーリ最大の魅力なのだろう。