往時のレースに思いを馳せる、メリットのプラモデル【GALLERIA AUTO MOBILIA】#029

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小さな断片から自動車史の広大な世界を管見するこのコーナー。今回は、イギリスのごく初期のプラモデルメーカーであるメリットの、各モデルを眺めながら往時のレースに思いを馳せる機会としたい。

原初であり、完璧なプラモデル

’50年のル・マン24時間レースの覇者となったタルボ・ラーゴとアルファロメオ158(今回は未紹介)の2台のみが、箱絵も違い、エンジンも再現された異質なキット。

メリットとの初めての出会いは、海外ではなく、横浜で催されているおもちゃのスワップミート、ワンダーランドマーケットでのことだった。ロータス11にしても、ジャガーDタイプにしても、アストンマーティンDB3Sにしても、クーパーMk-Ⅸにしても、そのプロポーションとディテールが美しく、すぐに虜になってしまったものだ。

戦前末期のグランプリを支配したメルセデス・ベンツの復帰はセンセーションだった。銀色の顔料が無かったのだろうか、しかし、この薄い灰色の成型色がむしろ上品で好ましい。

模型に対する表現としては、おかしな言い方だが、本物のオーラが感じられたのである。ジャガーDタイプならば、リンドバーグや初期のタミヤのキットなどがあるが、それらは、単にそれらしく作られたモデルとしてしか認識されないものなのに、メリットのモデルからは、なにかしら畏敬に近い魅力を感じた。

それまでのイギリスのレーシングカーとは隔絶したアバンギャルドだったのがロータスだが、逸早く少年たちの心を掴み取ったのだろう、このラインナップの一員となっているのだから。

それは最近のミニカーが精密ではあるけれど、単に商品、むしろ記号とか情報としての役割しかないのと比べて、’50年代や’60年代のディンキーやコーギーがデフォルメされたおもちゃなのに、魅力的であることにも似ている。

ロータス11、アストンマーティンDB3S、このジャガーDタイプというブリティッシュ・グリーンのトリオが、メリットの14台のラインナップのなかでも姿形も美しく、人気が高い。

そしてメリットの場合は、もっとマニアックな趣があるのだ。モデルとなったレーシングカーが、現役で走っている時代に作られたということもあるけれど、ディンキーやコーギーよりも、もっと玄人ぽい。さらに言えば、わかってるな、という雰囲気があるのだ。

DB3Sはグッドウッドやシルバーストーンで優勝した11台のワークスカーの他に19台が市販されている。プライベーター達によっても活躍し、戦後のアストンマーティンの地位と人気を向上させた。

それは、例えばメリットのラインナップのひとつであるロータス11を現代の優秀な模型メーカーが製作しても再現できないと思われる何かなのである。いかに精密であっても、現代の模型は、私が感じるところでは、やはり情報や記号でしかないのだ……。

戦後になって初めて登場し、瞬く間にスターとなったフェラーリは破竹の連勝を重ねて、その歴史を築きつつあったが、メリットの時代にはまだ新参者という認識だったのかもしれない。

とはいえ、先にも述べたように1/43のミニカーによくあるような大胆にディフォルメされたおもちゃでもない。特にボディの面の再現性はかなりなものだと思う。よっぽど情熱的で優れた原型師がいたのではないだろうか?

私のメリットとの出会いが驚愕し狂喜するほどであったのは、何よりもクーパー500の存在であった。このモデルこそがいちばんの宝物であり、棺桶のなかにまで持ち込みたいほどだ。

メリットは趣味人やコレクターの国でもあるイギリスで生まれた。質の良い玩具を作り続けたJ&Lランダール社のブランドのひとつで、もうひとつのSELというブランドでは科学教材的なスチーム・エンジンや電池モーターや顕微鏡なども作っていた。志の高い、とても良心的な玩具メーカーだったと思われる。

ゴルディーニの存在もメリットへ足が向けられない理由だ。なんという趣味の良さだろう!小さな工場で、ごく少ない台数しか作られなかったのにゴルディーニは具眼の士から注目されてきた。

メリットはプラモデルとしては黎明期の先駆的メーカーだったが、原初にしてすでに完成の領域に達していた。しかも、モデルの対象となった’40年代から’50年代のGPカーやスポーツカーの車種選定がまた素晴らしい。

マセラティは14台のラインナップの中で、4CLT/48と250Fという2車種がピックアップされている唯一のメーカーだ。こういうところもメリットらしい通人好みで、にやりとさせられる。

今なお輝きが失せないレース史上最も偉大なクルマたちである。そういうわけで、メリットこそは私にとって唯一永遠のプラモデルなのである。

先にも述べたようにタルボ・ラーゴとアルファロメオ158以外は12車種とも基本的に共通パターンの意匠の箱であり、横のシールを見なければ中身がどれかはわからない。当時はどんな陳列で販売されていたのだろうか。

 

Text:岡田邦雄/Photo:横澤靖宏/カーマガジン481号(2018年7月号)より転載

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