巨大なダム湖の湖底に封印された銀山の栄華
「このあたりの人たちは、自分のことを尾瀬三郎の子孫だなんて自慢してますけど、まぁ怪しいものでしょうね(笑)。かつて銀鉱山には日本中から荒くれ男が集まっていたわけだし、古文書を調べてみると、一時期、銀山平は謎の山賊集団に支配されたことさえあったようなんです」
こんな話を聞かせてくれたのは、貴族の末裔というよりは山賊の残党(失礼!)といった方が似合いそうな、精悍な風貌をした駒の湯山荘のご主人である。
彼のいう尾瀬三郎とは、藤原一門の貴公子で、平清盛の恋敵でもあった。大納言の地位にあったが、平家との戦に敗れると、命からがら都を逃げ出し、銀山平まで落ちのびて来たといわれる。さらに一族は山を越えて会津側の尾瀬まで 流れてゆき、そのため尾瀬という地名も生まれたらしい。
ちなみに、尾瀬の北にある檜枝岐には平家の落人伝説が残る。一世を風靡した恋敵の末裔同士が、こんな山奥で鉢合わせするとは何とも不思議な縁である。
いずれにしても、かつての銀山平周辺は落人が身を隠したり、山賊たちが跳梁跋扈するには格好の土地だった。そんな山深さを今に伝えているのが、現代の銀山街道、国道352号である。
駒の湯山荘への分岐を過ぎると、道は急に幅が狭くなり、山肌にへばりつくように窮屈なターンを繰り返していく。コーナーを抜けても抜けても、見えるのは山ばかり。枝折峠を越え、銀山平まで下ると、いったん道は良くなるものの、その先は再びクネクネと曲がりくねった山道の連続となる。
谷筋に万年雪を残した山々が目の前に迫り、人造湖とは思えないほど美しい奥只見湖がときおり木々の合間から姿を見せる。そして、山から流れ出した沢水はじゃばじゃばと道路を横切っていく。分岐も交差点もない一本道だから 間違えようもないのだが、「これが本当に国道なのか?」と時折不安になってしまう。
江戸末期、質のいい鉱脈を掘り尽くした銀山平は、ついに只見川の河床を掘り抜いて水没し、その栄華の歴史を閉じる。そして1962年には奥只見ダムが完成。わずかに残っていた集落も、銀山にまつわる数々の伝説も、当時、日本一の 総貯水量を誇った人造湖(現在の日本一は揖斐川の徳山ダム)の湖底に沈んでいった。
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