フェラーリが取り組むヒストリックカーの伝承プログラム「クラシケ」【自動車業界の研究】

今回はスーパーカーブランドとして数々の名車を世に送り出してきたフェラーリが、往年の貴重なヒストリックカーを走れる状態に維持して後世へ伝承していくためのオフィシャルプログラム「クラシケ」の取り組みについて、設立された背景や提供されている内容、オーナーやブランド、自動車文化にとっての価値などを中心に「FERRARI RACING DAYS 2023」のため来日したマーケティング・コマーシャル部門のファビオ・メネゴン氏へのインタビューも交えてコラムをお届けします。

「クラシケ」の誕生

フェラーリは2006年にヒストリックカーを保護するためのオフィシャルプログラム提供の専門部門として「クラシケ」を設けました。
「クラシケ」が設立された背景には、オーナーがこれまで懸命にヒストリックカーである愛車を維持してきた熱い想いに応えること、また自動車産業にとっても貴重な遺産であるヒストリックカーを走れる状態で将来に伝承していくことがあります。
ヒストリックカーを伝承していくには、経年劣化や事故によってクルマのメンテナンスや修理が必要となった場合に対処するため、オリジナルパーツの再現と供給や現在は使われていない技術も継承していかなければなりません。
わかりやすい例ではエンジンの燃料噴射装置が挙げられ、現在は部品として電子制御インジェクションが用いられるため故障時にはパーツ交換が基本ですが、かつて使われていたキャブレターではパーツ交換に加えて高度な手作業による調整、つまり高度な技術力を持つメカニックが必要不可欠です。
「クラシケ」ではヒストリックカーのメンテナンスや修理の技術をメカニックに継承するため、各国のワークショップ(サービス工場)のメカニックに対して講習会を開催しています。

ファビオ・メネゴン氏の言葉をお借りすると「いつまでも愛車を走れる状態に保っていくことがフェラーリの心の真髄で創業者のエンツォ・フェラーリの意思を受け継ぎ未来に繋げていくのが私たちの役割」とのことです。

ファビオ・メネゴン氏(FERRARI RACING DAYS 2023)

認定数は世界でおよそ8000台超

フェラーリのオフィシャルプログラム「クラシケ」では、ヒストリックカーのエンジンやボディとインテリアなどのメンテナンス、レストア作業に対応するための専門知識やノウハウなどのサポートとクルマが純然たる正規品であることを証明する公式鑑定書の発行を提供しています。
「クラシケ」の公式鑑定書を持つことは特別なことなので、オーナーからもとても好評を得ているそうです。
公式鑑定書の認定対象は生産から20年以上が経過してオリジナルの状態を保っているヒストリックカーで、認定数は世界で既におよそ8000台を数えます。
対象となるヒストリックカーが今後も増える一方ですので「クラシケ」の存在意義は益々高まっていくと思われます。

オフィシャルスタンプ(FERRARI)

日本における「クラシケ」

日本では、東京(コーンズ東京サービスセンター)と大阪(コーンズ大阪サービスセンター)の2か所に「クラシケ」のワークショップが存在していて、深い知識と卓越した技能を持つメカニックによって20年以上の歳月を経て、オーナーにとっては貴重で唯一無二の愛車に「クラシケ」プログラムの提供を受けることができます。
「クラシケ」の認定は各ワークショップの認定士がヒストリックカーをチェックしてイタリアの「クラシケ」部門に申請することで認定されるためクルマをイタリアに持って行く必要はありません。
認定自体の費用は数十万円ほどで、認定申請後に何も問題が無ければ数ヶ月で認定されますが、もちろん認定されるためには修理やオリジナルの状態に戻すのに部品を交換したりする必要があり、その費用は別途必要です。

認定時の重要なポイントは「ボディ、ルーフ、エンジン、ブレーキ、リアアクスル」の5つのうち3つ以上がオリジナルで正常に機能していることが必須です。
イタリアの「クラシケ」部門では、送られてきた写真により各部の状態とパーツのシリアルナンバーを確認することで認定を実施しています。

「クラシケ」作業風景(FERRARI)

創業者エンツォ・フェラーリから受け継ぐ伝統

フェラーリでは1940年代から主要部品にシリアルナンバーを刻み、どのクルマにどの部品が使われているのかを管理しているとのこと、当時からそういった取り組みを実施しているのには脱帽ですが、かつての手書きのシリアルナンバーの中には創業者である故エンツォ・フェラーリ氏の直筆のものも存在していて、彼だけに使用が許された紫のインクがその証とのことです。

フェラーリのオフィシャルプログラム「クラシケ」の凄いところは、最初の市販モデル「125S」(1947年)の時代より保管されている図面から当時と同じ部品を製作して提供しているところにあり(現代技術を用いた方が安全のために良いタイヤの材質やバッテリーなどには現代の技術を取り入れているとのこと)、図面や各種記録の保管、製造技術とサプライチェーンの維持や代替施策、メカニックの高度な手作業(職人技)といった技術の伝承など、とてつもない労力と費用を要する極めて貴重な取り組みであることです。

さらに、時代が進めば進むほどにそれらの運用に係る労力や費用は増える一方ですので、フェラーリの取り組みは自動車の文化をリードする役割としても非常に大きく、ビジネスの側面ではオーナーが自身のヒストリックカーに愛情を注ぎ「クラシケ」プログラムに理解を示すかどうか? が今後を左右すると思われます。

「FERRARI RACING DAYS 2023」ではクラシケの展示も

「FERRARI RACING DAYS 2023」の会場には1970年代のスーパーカーブーム時代に人気を博したフェラーリ「512 BBi」、「250GT Coupe」、「365 GTB4」が展示されていて往時の輝きを放っていました。
ちなみにBBiとはBerlinetta Boxer injectionの略で燃料噴射にキャブレターからインジェクションが取り入れられた時代を物語っています。

フェラーリ 512BBi フロント(FERRARI RACING DAYS 2023 オフィシャルフォト)

フェラーリ 512BBi サイド(FERRARI RACING DAYS 2023 オフィシャルフォト)

フェラーリ 512BBi リア(FERRARI RACING DAYS 2023)

フェラーリ 250GT Coupe & 365 GTB4 フロント(FERRARI RACING DAYS 2023 オフィシャルフォト)

フェラーリ 250GT Coupe & 365 GTB4 リア(FERRARI RACING DAYS 2023 オフィシャルフォト)

「クラシケ」が果たす役割と価値

「クラシケ」はスーパーカーブランドとして世界でも類まれなる伝統と文化を創造してきたフェラーリの、アイデンティティとブランド価値を高める役割を担うと同時に、自動車産業の側面では技術がどういった過程を得て進化してきたのかを知る知的財産としての価値、その時代にどういったトレンドがあってデザインの趣向性がどのようなものであったかを知る自動車の文化としての価値を持ち合わせています。
また「クラシケ」は自動車が移動手段ではなく、愛車としての貴重性や文化として価値を高めるひとつとして、自動車産業や自動車文化が社会から憧れと尊敬を持たれることにつながる役割をリードすると捉えています。

フェラーリのブランドオリジナリティは「F1(Formula1:世界最高峰の自動車レース)の歴史はフェラーリの歴史」と言われるほどに唯一無二の存在としてレースを軸に自動車産業や文化の中心を担ってきましたが、貴重なヒストリックカーでも同様に「クラシケ」によって後世に文化を残していくフェラーリは貴重で稀有の存在と言えるのではないでしょうか。

昨今、フェラーリではクラシックカーやサーキット、氷上走行といった各種イベントや、ドライビングスキル向上のためにレベル別やMT車の講習会なども実施しており、今後はいずれのイベントも日本での開催を検討しているとのことです。

日本において自動車文化が広く認知され、理解と尊敬を社会全体から得られるかどうかはフェラーリの「クラシケ」のようなかけがえのない宝の取り組みが発展していくかどうかにかかっているので、今後も注目していきたいと思います。

参考リンク)
「クラシケ」(FERRARI)
https://www.ferrari.com/ja-JP/auto/officine-classiche

この記事を書いた人

橋爪一仁

自動車4社を経てアビームコンサルティング。企画業務を中心にCASE、DX×CX、セールス&マーケティング、広報、渉外、認証、R&D、工場管理、生産技術、製造等、自動車産業の幅広い経験をベースに現在は業界研究を中心に活動。特にCASEとエンジンが専門で日本車とドイツ車が得意領域。

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橋爪一仁
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2023/07/24 12:00

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