【大矢アキオの イタリアでcosì così でいこう!】あの世に行くときも乗れない? イタリア製高級セダン

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Così così(コジコジ)とはイタリア語で「まあまあ」のこと。この国の人々がよく口にする表現である。毎日のなかで出会ったもの・シアワセに感じたもの・マジメに考えたことを、在住23年の筆者の視点で綴ってゆく。

セダン不発の後に

「ランボルギーニ・ウルス」「フェラーリ・ローマ」といった華やかなモデルが話題を振りまくイタリア車界で、実は壊滅状態にあるカテゴリーがある。
アッパー・ミディアムといわれるEセグメントに属する3ボックスのベルリーナ、つまりセダンだ。ドイツ系ブランドを例に挙げれば、「メルセデス・ベンツEクラス」「BMW 5シリーズ」「アウディA6」に相当する。

イタリア製セダン衰退の兆しは、1990年代中盤から表れていた。
ランチア・テーマの後継車として開発された1994年「ランチア・カッパ」、アルファ・ロメオ164の後継車として誕生した1996年「166」が、いずれもヒット作の先代には遠く及ばぬ低調なセールスを記録した。

アルファ・ロメオ164。1986年のフィアットによる吸収後初のヒット作となったモデルだが。今やイタリアでも見かけることは稀になった。2019年6月、トリノで撮影。

背景には、ドイツ系ブランド、とくにステーションワゴンのブームがあった。人々は、たとえセグメント的には1ランク下でもメルセデス・ベンツ「Cクラス」やBMW「3シリーズ」、アウディ「A4」のワゴンを好んで購入した。
2000年前後の旧フィアット・グループの経営危機も国内ユーザーのイタリア車への関心を後退させた。

ランチア・カッパは、セダンから2年後の1996年にワゴンがラインナップに加えられたが、今ひとつ認知度は上がらなかった。その後継車として2001年に登場した「テージス」に至っては、生産終了の2009年までワゴンは用意されなかった。

モデナ県カンポガリアーノから北上するアウトストラーダを疾走する2代目ランチア・テーマ。2014年撮影。

アルファ・ロメオの166も、最後までワゴンが追加されることはなかった。

ようやく2005年にアルファ・ロメオ「159」にワゴンが投入されたが、その後Eセグメントにとってイタリア社会は不利に働いた。
2008年6月の1バレルあたり133.88ドルをピークとした原油価格の高騰や、2008年9月のリーマンショックを契機に、イタリアではたとえドイツ系ワゴンであってもEセグメントの人気が低下してしまった。
代わりにユーザーの間では小型化志向が定着し、今日に至っている。2007年のフィアット500のロングセラー化や、もはや8年選手のフィアット・パンダが2020年9月の登録台数でも1位であることが、それを裏付けている。

参考までに、ひとつ下のDセグメントであったが、フィアット・ブランドは2005年の2代目「クロマ」で、セダン無しのステーションワゴンのみという珍しい1本足打法で臨んだ。しかし、こちらも大きな成功には繋がらなかった。
かくもこの時代、FCAは、ドイツ車のワゴン人気を追ううちに、セダンの開発が疎かになり、そのワゴンも完成した直後に市場の人気が落ち着くという辛酸を舐めているのである。

大統領も首相も乗っていない

その後FCAが擁するイタリア系ブランドは、コンパクトカーやクロスオーバー/SUVの開発に注力するようになっていった。

本稿執筆時点である2020年10月現在の状況をみてみよう。
ランチアはすでにシティカー「イプシロン」だけなので、セダンは大小問わず存在しない。
アルファ・ロメオも、セダンはスポーティーな「ジュリア」しかない。2008年に投資家向けに発表された資料によれば、2022年までにジュリアのロング・ホイールベース版が投入される予定だが、明らかに中国市場を意識したものである。中国向けドイツ系セダン同様、欧州を含めその他の地域で販売されるかは不透明だ。

マセラーティには「ギブリ」及び「クアトロポルテ」があるが、前者は7万4千ユーロ(約915万円)、後者は10万5千ユーロ(約1千3百万円)と、一般市民が簡単に買える価格ではない。

2011年の2代目ランチア・テーマは、カナダ製クライスラー300Cの姉妹車である。2013年シエナで撮影。

気がつけば、イタリアの国家首脳が乗る公用車からも、イタリア製ベルリーナは、とうに消えている。
かつてのベルルスコーニ元首相も専らドイツ車だったので、今に始まった話ではない。だが、2018年6月に就任したジュゼッペ・コンテ首相の公用車も「フォルクスワーゲン・パサート」である。
コンテ氏の選択に関してイタリアの一部メディアは、超高級車マセラーティはポピュリズム政党「五つ星運動」が参加する連立内閣のイメージに相応しくないためではないか、と推測している。
いっぽう筆者は、常に完璧な整備を行う必要がある首相専用車には、パーツ供給が円滑な現行モデルのほうが、より手間もコストも要さないのが理由と考える。

イタリア共和国大統領もしかり。2019年の共和国記念日といった式典にはマセラーティ・クアトロポルテが用いられているが、一般公務用には少なくとも2018年から「アウディA8 L」が多く使われている。
大統領の場合、特定の政党への配慮は必要なかろうが、アウディのファクトリー装甲仕様「セキュリティ」であることから、その性能の対価が妥当と評価された結果と思われる。

マラネッロで2015年に開催されたプレス向けイベント「フォーミュラ・フェラーリ」で。フェラーリの本社工場内も原則としてFCA系のみ入構可である。

同じイタリア半島にあるヴァチカン市国のフランシスコ教皇に至っては、2013年の就任以来標榜してきた質素と倹約の精神を反映し、2代目「フォード・フォーカス」前期型(2004年-2007年)を公用車としている。さすがに、それなりの装甲が施されていると思われるので一概に比較はできないが、同車のイタリアにおける相場は中古車検索サイト「オートスカウト24」によれば、900ユーロ(約11万円)台のものが多数見つかる。

政界や宗教関係者のトップも、もはやイタリア製セダンの必要がないのである。

プロドライバーの弁

そうしたなか、「イタリア製セダンがなくなると困る」と嘆く人に出会った。
2020年9月、イタリア北部トリノ県でフェラーリ・ローマの国際試乗会が開催された際、筆者を送迎してくれたハイヤーのドライバーである。

彼の車は、2代目ランチア「テージス」である。テージスといっても初代とはまったく異なり、FCAカナダ工場製の2代目クライスラー300Cにランチアのバッジを付けたものだ。

2020年9月、筆者を乗せてくれたハイヤーのドライバーは苦心の末、絶版の2代目ランチア・テーマを探し当てたという。

往年より大幅に改善されたものの、大味なボディ剛性と、独特のピッチングは、やはりアメリカ車である。

それはともかく、ドライバー氏があまりにイタリア製セダンがなくなると困るというので、当然のことながら筆者は「ドイツ車とかでは、ダメなのですか?」と尋ねてみた。
するとドライバー氏は、こう答えた。「トリノでハイヤーをする場合、FCAグループ製の車であったほうが、より多くの仕事が獲得できるのですよ」

この地でハイヤーを使う顧客は、FCAの関係者もしくはゲストが多い。FCA系の車なら門の中、つまり敷地内まで入構できる場合が少なくないのである。それ以上に、「FCAおよびその関連会社が催しを開く場合、自社製の車で仕事をしているドライバーに声をかけるのです」と説明する。

送迎用としてワンボックス・ワゴンのフィアット「タレント」および「ドゥカート」という選択もあるが、よりフォーマルなセダンとなると、選択肢は極めて限られるという。

“アメリカ車”の中からトリノ市街を眺める。

「新車の場合、(アルファ・ロメオ)ジュリアはトランク容量が限られます。マセラーティは高額すぎるのです」
ランチア・テージスはカタログから消えてから11年が経過しているため、高品質な中古車が絶望的だ。それ以外のイタリア系セダンも大なり小なり同様の状況だという。
ドライバー氏は指摘しなかったが、イタリア各都市では欧州排出ガス基準「ユーロ」をもとにした市内乗り入れ規制を強化している。古い車は、街なかに乗り入れられない場合がある。

「ということで、この(2代目ランチア)テーマの中古車を探すことにしたわけです」とドライバー氏。
2代目テーマは大半が彼のようなショーファー・ドリヴンだったため、低走行距離の車を見つけるのは至難の業だったという。

こんなジャンルまでドイツ車に完敗?

セダン不毛状態の影響をもろに受けて、もうひとつイタリア製が壊滅状態のジャンルがある。
“人生最後のレンタカー”つまり霊柩車だ。

イタリアの「ビーエッメ」社が架装を手掛けている霊柩車「ヴェカール」は、マセラーティ・ギブリがベース。2016年ボローニャの葬儀用品ショーで撮影。

「自分があの世に行く際は、絶対イタリア車で」と宣言するイタリア人に会ったことはないが、もしそういう人がいた場合、願いはなかなか叶えられそうにない。
なぜなら、少なくともここ20年、イタリアの霊柩車は大半がメルセデス・ベンツをベースにしたものだからだ。同社は一部の霊柩車専門カロッツェリアと長年にわたり緊密な関係を構築していること、また、そうした業者が製作した霊柩車に関しては、普通のメルセデスと同様の内容を提供している場合があることがある。

近年はマセラーティのクアトロポルテをベースにした霊柩車も存在する。ただし実際は少数派である。自分の街の葬儀社に配車されているかは、運次第というわけだ。
イタリア製セダンのファンは、あの世に旅立つまで、浮かばれない世の中になってきた。

文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA

この記事を書いた人

大矢アキオ

イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを学び、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK「ラジオ深夜便」の現地リポーターも今日まで21年にわたり務めている。著書・訳書多数。近著は『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)。

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