電動アシスト自転車を免許制にしろという理屈では シトロエン・アミの自由さは永遠に分からない【フレンチ閑々】

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フランスでは14歳から乗ることができる

「こっちにはその手の社会的圧力は無いな」。ロックダウンが解除されたパリの友人と、日本の「自粛ポリス」を話題にしていた時のことだ。そもそもコロナ下でも、市民が他の市民を取り締まる権利は日本でもフランスでもありえないので、「自粛ポリス」を仏語直訳で「auto-modération-police」といっても、何の警察のことだか、意味不明で分かってもらえない。なので「私刑に走るヘンな人々」ぐらいに説明したのだが、正確に言葉をあてがうなら「非合法の自警団(auto-défenseurs illégaux)」とか「私刑軍団(l’armée du lynchage)」ぐらいの感覚だ。かくも日本語の比喩はユルく、本質を覆い隠してしまう。

と、そんな仄暗い前提を説明したのは、他でもない、5月中旬からフランス本国でシトロエン・アミの市販が始まったからだ。「お洒落」とか「風変り」とか「個性的」いった、おフランスにあてがわれがちな上っ面な形容詞だけで済まない、何かを秘めた一台なのだ。

そのコンセプトカーである「アミ・ワン」は昨冬、日本でも二子玉川の蔦屋家電で展示されたので、目にした方も少なくないだろう。6kwのバッテリーをフル充電したら75㎞の移動レンジを備えた、最高速度45㎞/hの2人乗りのEVだ。フランスの市街地や住宅街など人口密集地は50㎞/h制限なので、都市部での移動に特化したEVコミューターといえる。充電は路傍の普通充電ステーションでも、あちらの220V家庭用コンセントでも、約3時間で完了するという。

基本的にオンライン販売のみだが、すでに200台以上の受注が入っているそうだ。オンライン以外のリアルの販売ネットワークは、フランス国内のフナック-ダルティ・グループ。これは日本でいえばヨドバシカメラかビックカメラ、そこに蔦屋書店が一緒になったような家電や書店販売の実店舗グループといえる。はっきりいってスマホの端末を買いに行くのと同じブティックで、アミの現車は売られるのだ。購入方法も、車両そのものを所有する一括購入なら6900ユーロ~だが、2年以上の期間で月々19.90ユーロ~というサブスク契約も選べる。

また所有以外に、アミは「FREE2MOVE」フローティング方式のカーシェア・サービスでも展開される。街中に転がっているアミを、手元のアプリでロック解除して乗り込み、移動した後は充電枠に戻す。こちらは月9.90ユーロのサブスク料金に最初の1時間は含まれ、2時間目から6ユーロ/時間が加算される仕組みだ。

加えてシトロエン・アミがユニークなのは、厳密に法律上では「普通自動車」ではなく「ヴォワチュール・サン・ペルミ(免許不要の軽車両)」と呼ばれるカテゴリーに入るため、14歳から乗れる。ただし、これは字句通りに14歳から免許無しで乗れる訳ではなく、フランスで免許無しでOKなのは1988年以前生まれに限られ、それ以降の生まれ年の人は日本でいう原付免許相当のものが要る。とはいえ、フランスでは中1か中2で交通安全講習が組み込まれており、原付免許の座学は義務教育で済んでいる。あとは2日間にわたる8時間の実技講習を経れば、14歳から「原動機付4輪軽車両」と「原動機付自転車(シクロモトゥール)」は運転できる。つまり高校生ぐらいの年齢なら、保険その他の費用はかかるにしても、通学のために乗ることすら可能なのだ。

免許なくして乗れる、なぜそんな考え方とカテゴリーが存在するかといえば、市民に認められた既得権益であるからだ。世界初の免許証はドイツで、カール・ベンツが公道で自ら発明した三輪車を走らせるためにバイエルン大公に許可を求め、1888年に受け取った手紙だとされる。それはむしろ通行許可証のようなものだった。フランスでは1899年に「運転能力証明書」のカタチで法制化されたが、そこに定義されない三輪車や軽4輪車両は、第二次大戦後の復興期に広く普及した。ドイツでもイセッタやメッサーシュミットが受け入れられた頃だ。

かくして「免許無しで乗れるクルマ」は矛盾した存在ながら、衝突安全性対策やABSなど安全装備の搭載義務といった規制を受けることなく、生き延びた。2000年代半ば以降、原付免許自体はEUルールの統一化により、域内他国では16歳以上でないと認められなくなったが、フランスでは14歳から取得できる国内ルールは存続している。実際、フランスでスピード違反の取締りが厳格化した頃、免停や免取りになったが通勤などで自動車がどうしても要る人たちは、ヴォワチュール・サン・ペルミに仕方なく移行していた。

以上を踏まえて今次のシトロエン・アミを眺めると、これはフレンチ・ガラパゴスのトンデモで奇矯なデザインどころか、伝統のカテゴリーですらある。「友だち」を意味するネーミングは、60年代の大衆車にちなむし(初代アミ6は1961年、2CVをベースに登場)。また上下2分割のウインドウの下半分を、車内から外へ押して180度半回転させて上に留める、そんな動作は2CV以来なので、昭和生まれのフランス人なら迷うどころか、懐かしい所作だ。

ちなみにコミューター・コンセプトを数多く描いた工業デザイナー、フィリップ・シャルボノーの弟子だったポール・ブラックは、60年代後半から70年代にかけてメルセデス、次いでBMWのチーフデザイナーとして活躍した。本流とはいわないが、マイナーでは決してないのだ。

権威にたてつくのが大好きな彼らにとって、免許要らずのバブルカーや都市型コミューターは、個人の移動の自由を保障するモーター付きツールとしてピラミッドの最下層、セーフティネット的存在でもある。だからこそ、もはや使い古され終わりかけたかに見えたヴォワチュール・サン・ペルミという自由な小カテゴリーは大事にされ、その土壌にはアミのような新しい息吹が吹き込まれる。今はドライバーが自ら運転する必要はあっても、将来的にはスマホをセットして自動運転化されるところまで、追加モジュールやアドオン機能を備えていく青地図を、シトロエンは描いている。それこそが彼らの考える進化の方向だろう。

翻って日本では、電動アシストのママチャリが危なっかしいので自転車も免許制にすべきとか、他県ナンバーをぶら提げているだけで排除・迫害をやむなしとする自粛ポリスのような話に、事欠かない。取り締まる権限を安易に当局に委ねたり、自分が手にできるとカン違いする、そんな風に他人の自由を侵害することに気づきもしない鈍さか無知は、どこから来るのか? 他人の自由を尊重しない限り、自分の自由も担保されない、そんな小さな事実を、日本の路上を走ることはなさそうだが、少なくともシトロエン・アミは思い出させてくれる。

この記事を書いた人

南陽一浩

1971年生まれ、静岡県出身、慶應義塾大学卒。ネコ・パブリッシング勤務を経てフリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・男性ファッション・旅行等の分野において、おもに日仏の男性誌や専門誌へ寄稿し、企業や美術館のリサーチやコーディネイト通訳も手がける。2014年に帰国して活動の場を東京に移し、雑誌全般とウェブ媒体に試乗記やコラム、紀行文等を寄稿中。2020年よりAJAJの新米会員。

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